ダーウィン主義批判


  「人間とは何か?」を解明するために必要な論理は、

                        生命言語理論Life-Words Thory (LWT)

          ダーウィン自然選択説批判 言語起源と進化論 言語の起源について

人間とは何か」を解明するための前提は、新ダーウィン主義(進化の総合説)を批判する次の五項目にあります。

(1) 生命存在は、物理化学法則に支配され、その生存目的はエネルギー代謝による自己組織化の維持・存続を図ることである。

(2) 生命活動は、生化学物質としての遺伝子(DNA)をもとに製造された多種のタンパク質によって支えられ、多様な内外環境の変化(刺激)に適応してその活動が維持される生化学反応である。

(3) 多細胞生物の機能の分化や環境への適応進化は、獲得形質の遺伝を含み、遺伝子の形質発現や突然変異は、細胞質・細胞膜のエピジェネティックなシグナル伝達の影響を受ける。「利己的遺伝子」論や「セントラルドグマ(DNA ⇒RNA⇒タンパク質)」などの遺伝子中心主義(還元論)は誤りである。

(4) 生命は生化学的な反応として主体的に変異を選択し、突然変異は受動的かつ不適応的であっても現在の環境(刺激)に応じた物理化学反応である。現在の主体的変異が適応的であっても、未来の適応を意味するとは限らない(適応の有限性)。

(5) 動物の神経系は、多細胞動物の情報伝達・行動統御機構であり、中枢神経系(脳)による統合機能は、人間の言語能力の誕生を促した。言語による情報伝達と認知・創造能力の発達(進化)は、人類の獲得した言語(一語文:行動から分離独立した鳴声―音声言語)によって想像(イメージ・空想)力を広げ、文法(主語・述語・目的語等によるイメージの再構成)による構想(創造)力よって文化と文明の飛躍的発展をもたらした


 以下に少しの説明を加えます。

(1)人間存在を理解するには、生命の単位が我々人間のように多細胞動物であっても一個の細胞であり、まず、我々の存在する世界(コスモス、宇宙、地球環境)が、地球上の全生命を含めて物理化学的法則に支配されていることを前提にする必要があります。生命(細胞)システムは、熱力学の第二法則(エントロピー増大法則)により、常に外部からエネルギーを取り入れること(代謝)がなければ、自己組織化(生命秩序・生細胞)を維持することができません。そのため生命は、不断にエントロピーの増大を防ぐ必要のある不安定な存在であり、生命秩序の安定性を維持・存続する(生命の目的:目的は生命誕生後に初めて発生した)ために、エントロピー減少(代謝・自己組織化の維持)と老化を防ぐ再生・生殖のための複雑な生化学反応をおこなっています。

 このことから、(2)生命(細胞)は、生命のエネルギー変換(代謝:同化と異化)の中心となる「クエン酸回路(クレプス回路)」「発酵」等の生化学反応による代謝システムを基本にして、外界からエネルギーを取り入れ(ATPの生成・活用)、内的環境の恒常性や安全性を維持し、酸化や老廃物の蓄積などによる老化(劣化)を防ぎ、生殖による若返り(再生reproduction)をはかり、環境の多様な変化に適応するなど、多くの生命維持活動をおこないます。生命活動は遺伝子(DNA、RNA)の設計図によって製造される多種のタンパク質によって支えられ、代謝システムと連携して自己組織化が維持されています。その意味で、生命という自己維持システムは、単にドーキンス的な「利己的な遺伝子」DNAの繁殖(増殖breeding)のための乗り物や、生命活動を支える代謝やタンパク質製造がDNAに制御されているとは言えません。逆に遺伝子DNAは、生命活動維持存続のための単なる設計図であり、設計図を管理しタンパク質製造を制御するRNAグループこそが生存や生殖活動を支えているということができます。また生命進化という現象は、ダーウィン主義的な無目的で偶然的突然変異から生存と繁殖に有利な形質が、生存競争(外的要因)的な「自然選択」によって引き起こされるという単純なものでもありません。生命は、生命自体がその生存維持活動を永続させるため(内的要因)に、多様な内外環境の変化に応じて、柔軟な生化学反応をおこない、個体発生や細胞分裂において内発的または外発的な試行錯誤的変異(突然変異)を起こして適応的な形質を選択し、多様に複雑化(多様化、高度化)してきたのです。

 とくに(3)多細胞生物の有性生殖と個体発生過程は、環境からの物理化学的刺激によって変異を受けやすく、卵細胞質のmRNAやDNA修飾などによるDNAへの干渉によって、子孫の形質に直接影響を与えます。そこで個体発生、すなわち個々の細胞の形態と機能の分化過程においては、単に遺伝子中心主義的なDNAの突然変異やそれに伴う発現だけではなく、まだ十分解明されていないのですが、細胞分裂(形態発現)過程における細胞全体のメカニズム(誘導・シグナル伝達や、DNAメチル化やヒストン修飾などの働き)によるエピジェネティック(後成的)な制御を受けた変異も起こりやすくなります。このような未解明の形質発現制御形式は、獲得形質を遺伝させ、またトランスポゾン(動く遺伝子)を通じてDNAの変異を促すと考えられます。

 (4)このような突然変異は、現在の科学的認識能力では偶発的に起こるように見え、予測や説明不能なものであっても、物理化学的法則に基づく必然的なものです。遺伝子における必然的な突然変異(適応的変異、不適応的変異、中立的変異の三種の突然変異については後述)の中でも主体的な「適応的変異」(「総合説」では否定されている)は、未解明な要素が多いのですが、生化学反応の本質からいって無限の変化(刺激)に反応しない生命(細胞・生化学反応物質)はあり得ません(生命分子の適応的刺激反応性)。それは保存性の優れているDNAにおいても同じで、長い時間と環境変化のなかで生存を維持するために、DNAに適応的変異が起こらなければ、子孫の繁栄も起こりえません。生存闘争的に有利な突然変異が起こったから、それを自然(外的要因)が選択する(生き残させる)というのは、生命の主体的選択(内的要因)を無視しています。生命が主体的に適応して子孫を残すためには、ダーウィン主義的な競争的選択(外的要因)も含みますが、そればかりではなく「共生共働」や「棲み分け」も含むのです。「自然選択説に依拠する総合説」は、人間性や社会のあり方についても、言語論的人間理解が不十分(西洋的言語・ロゴス理解の限界)なため、ダーウィン主義的「社会生物学」(E.O.ウィルソン)のように誤った差別的理解をもたらします。 

 最後に、(5)動物の神経系の進化的発達と、その結果起こった人間の本質としての言語の獲得(言語の起源)についてです。別項で詳しく述べるように、「人間言語とは何か?」という問いは、世界観や人生観の基本となり、哲学的認識論(観念論と唯物論の対立、「心とは何か」「心身問題」等)の未解決の問題を解決する残された最後の課題です。人間は、地球上に誕生した生命進化の頂点にあります。単細胞から多細胞動物への進化の過程で、動物の行動は、内外環境の変化(刺激)を的確に知覚して判断・統合する神経細胞が発達(進化)してきました。外的環境情報の知覚・認識と適応的行動(反応)の選択・判断は、中枢神経系(脳)でおこなわれ、動物にとって生存の維持存続を左右します。とくに「個体と種族の維持」にとって、知覚情報の処理(認知)と種族(仲間・家族)内での情報伝達と共有は重要です。

 人間社会においては、この情報処理と伝達を言語を用いておこないます。人間を理解するには、この言語の謎が解明されなければ、人文社会科学上のすべての知識は机上の空論となり、人類にとって混乱や災厄をもたらします。今日21世紀の宗教上、イデオロギー上の対立と閉塞状況はすべてこの一点(言語問題)にかかっているといっても言い過ぎではありません。「生命言語説Life-Words Thory (LWT)」は言語の謎を解明し、今日まで人類が築いてきた東西文明の知の体系を統一的に完成し、世界のすべての人民に永続的な幸福とそのための世界平和をもたらします。近代社会の理論的基礎を築いたイギリスのジョン・ロックは、以下のように述べていますが、至言です。

 「私は想像しがちだが,もしも知識の道具としての言語の不完全がもっと徹底的に考量されたら,世をあれほど騒がせた論争の多くは独りでになくなり,真知への道は,そしておそらくは平和への道も,いまより大いに開けるだろう。」(ロック.J『人間知性論』大槻春彦訳)


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三種類の突然変異について (ダーウィンは創造神を自然に仮託している)


 ―突然変異は生化学反応の法則による必然的反応、生命は適応的突然変異を主体的に選択する―

 ―進化の総合説の欠陥は、生命自体が適応的突然変異の選択主体であることを排除したこと―

 ―偶然的突然変異の適応性(生存と繁殖)を選択するのは、競争的自然(外的要因)ではなく生命自体の適応性(内的要因)である。生命の適応性は、生化学反応を継続できる生細胞の恒常性維持環境の追求である。―


 進化生物学において突然変異は、生命(細胞)内外の環境変化や化学結合のミス(であっても法則的反応である)や分子の置換、欠失、付加などに伴ってDNAやRNA、または染色体等に(個体にとっては)偶然的に起こる生化学反応であり、それによってタンパク質製造の設計図と触媒の働きを変質させると考えられます。一般に化学反応は安定的な物質でさえ、光や熱、放射線や無数の化学物質(誘導物質、触媒等)の偶然的な(無数の物理化学的)影響を受けて、上記のような多様な反応(変異)を起こします。さらに、生殖細胞における突然変異や発生における表現形質に直接影響を与える遺伝子発現は、まだ十分にそのメカニズムが解明されていませんが、遺伝子DNAをエピジェネチック(後成的)に制御することが知られています。これは獲得形質を子孫へ遺伝するのを可能とすると言われていますが、DNA本体を変異させるとはされていません。しかし、生化学反応そのものは、法則的に起こるものであり、原因のわからない(ミスや置換、欠失等とされるような)突然変異であっても、化学反応の一種、つまり偶然的突然変異も科学的必然性によるということが言えます(量子化学的説明が必要かもしれません)。


 いずれにせよ、生命にとっての突然変異(mutation)には三種類あり、「適応的変異adaptable mutation、不適応的変異、中立的変異」に分類できます。適応的というのは自然選択説で言う「生存に有利な変異favourable variations 」(※↓)ではなく、危険(不安定)な生存環境に自らを適合させる(変異する)ことで、水中から陸上へ、温暖から寒冷にあわせたり、獲物を捕らえたり逃避できる無限に多様な変異を主体的に選択することです。また突然変異には、DNAやRNA等の高分子化合物に起こる生化学的変異と細胞分裂時の個体の形質に生じる表現型変異があります。栄養素の欠如や毒物の摂取は、高分子化合物や遺伝子の発現に障害を与え、病気として発症する場合があります。また個体の形質の変異は、獲得形質として遺伝的(発生的)に子孫に影響をもたらすことがあります。いずれも変異による不適応的な症状は、個体の生存や子孫を残すことを困難にすることになります。(※↓ダーウィンは変異を、favourable variations、injurious variations、variations neither useful nor injuriousに三分類する。『種の起源』第四章)


 適応的変異は、環境に適応し子孫を存続させることができますが、不適応的変異は種や個体にとっての病気であり、子孫を存続させないことがあります。遺伝子や個体における中立的変異(遺伝的浮動として遺伝子に蓄積することがある)は、生命の存続に影響せず、種内の多様な個性的生存様式をもたらします。遺伝子DNAにおける突然変異は、反応エラーとして修正される場合もありますが、多くの反応エラーは個体の生存に影響を与えず、種の形成にも至りません。動物や植物の品種改良(育種)における人為選択は、生命の主体的選択を人間の好みに応じて増幅させますが、保護や管理が不十分であれば先祖帰りをしたり、子孫を増やすことができません。品種改良は変種を選別しますが、新種の形成には至りません。交雑による新品種(雑種)の創生(ラバやレオポン等々)は、不妊性が強いですが新種の形成に関わるとも考えられています。

 自然選択説では、生存に有利な突然変異(の累積した個体)が生存競争の厳しさに打ち勝って繁殖し、新種の起源になりうると説きます。しかし、適応選択説では、環境との調和やバランスをとる適応的な選択で、個体や種、生態系のバランスをとって永続的生存をめざすと考えます。自然(内外環境)の多様な変化は、生命の存続にとって個体死や種の絶滅という過酷な面もありますが、生命を育み種を永続させる恵みと優しさを併せ持ち、そのために、生命は自然環境の不安定や弱肉強食に適応しながら、多様な個体と種による生態系のバランスを保っているのです。生命(個体と種)に生存と生殖に有利な突然変異(適応的変異)が起こるとしても、その有利さは、適応の有利さであって、競争の有利さだけではなく、棲み分けや共生・互助の有利さでもあるのです。つまり、生命の進化(多様化)は、無限の多様性に対しての「優位性」ではなく、有限であるとしても永続的生存のためのバランスのとれた「調和性」こそ適応的生存とみなせるのです。(生命の幾何級数的増殖とされるのは、生存の有限性・困難性を補償するための生命の戦略であって、増大性が目的ではなく永続性が目的である)


 以上のように、突然変異は、DNAの複製ミスであっても偶然的なものではなく、自然法則に基づく必然性を持っており、「偶然性を強調する」のは人間の認識の有限性を認めている(ミスや偶然に見えるだけ)に過ぎないのです。このような自然選択(適応選択の主体を自然とみなす)という理解の混乱は、東洋思想と親和性を持つ量子生物学の知見の蓄積によってやがて解明されると思われます。しかし、今日生物学の主流を占める総合進化説(ダーウィン流の自然選択説、ネオダーウィニズム)では、突然変異に「適応的な必然性」があることを認めていません。これは、それぞれ立場は違って個性的ではあるけれど、総合進化説(自然選択説を中心にした進化説)を正しいと見なす生物学の俊才・大家達、J.ハクスリー、E.マイヤー、E.O.ウィルソン、R.ドーキンス等々に共通の西洋的合理主義(自然法思想・世界は時計仕掛け説)の偏見です。とくにウィルソンの「遺伝子=文化共進化説」とドーキンスの「ミーム説」については、遺伝子中心主義における人間(文化)理解の基本的欠陥(文化における言語論の欠如)をよく示しているので別稿で批判的に論じます。 

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適応選択(進化)説による自然選択説批判の要約

 Man selects only for his own good; Nature only for that of the being which she tends. ONTHE ORIGIN OF SPECIES CHAPTER IV.  (1859)  

  生物進化(多様化)が、人為選択(『種の起源』第1章「飼育栽培のもとでの変異」より、人間による品種改良のこと)の対立概念として、自然選択(外的要因)という適者生存の自然法則によって引き起こされるかのように述べることは誤りであると思われます。進化は遺伝子における偶然的突然変異(内的要因)のみを近接要因(Proximate Causationと言える)とするのも誤りです。

 進化は、基本的に、複雑多様な環境の変化(外的要因)に対する「遺伝子発現と発生過程の生化学的な適応変異」を要因(内的要因)とします。子孫の繁殖につながる適応変異が選択されるのは、生命主体を維持存続させている生化学反応(遺伝情報のすべてを含む)の変異と選択によるのであって、人為に対立する自然(法則)の選択によるのではありません。

 表現形質の変異と適応(小進化や大進化)の遺伝情報は、個体発生を制御する受精卵の細胞質の制御因子(RNA等の情報)や、細胞分裂における遺伝子DNAの生化学的情報(タンパク質製造やクロマチン等の制御情報を含む)の発現で成立し、内外環境の変動によって個体や種族の変異をもたらす獲得形質(生殖細胞における適応的突然変異を含む)の遺伝情報は、遺伝子DNA変異以外のエピジェネティックな過程を経て遺伝子DNAにも反映(総合説同様、そのメカニズムは未解明)されて蓄積し(遺伝的浮動、可塑性)、新種の形成と安定的適応(繁殖)に至ると思われます。これは、偶然的な適応的遺伝子突然変異が、自然選択によって繁殖したから結果として適応しているというのではなく、生命が生化学的に適応的反応を選択した(遺伝制御情報・因子を適応的に変異させた)から繁殖したということなのです。

  適応変異の永続性(新種の形成)は、内的外的環境(自然)の複雑多様な変化の不断の克服(適応的生存活動)によるのであるが、それはあくまで主体による適応選択なのです。適応はあくまで内外環境への生存の「適応不適応(適不適)の選択」であって、他者との比較競争的な「有利不利の選択」ではありません。なぜなら生存競争に不利でも適応生存は可能だからです。自然選択説では「自然環境が競争的篩い分けの役割を果たして選択された変異」が生存と繁殖をおこなうとされますが、それだけではなく、適応選択説では「生命自体が自然環境に適応的な変異を発生時に選択して生存と繁殖をおこなうと考えます(説明は別項)。前者は、競争的適応を強調しますが、競争は適応選択の原因ではなく、適応選択が原因となって結果としての競争(適者生存)による進化が起こるということなのです。だからまた、共生や共存、棲み分けも適応選択の結果として進化を創生することができます。

 しかし、前者のような自然選択が適応のすべてであると考えることも、進化の原動力が自然選択であると見なすことも誤りです。そもそも生命と多様な種は、創造主(神という人間の被造物)による被造物ではないし、また自然による被造物や選択の所産でもありません。生命の誕生は、地球という特殊な環境における物理化学的な現象であり、多様な種の出現は、無限に多様で変化する環境における有限な生命の多様な生存形態なのです。従って、自然が生命の母であるとしても、生命の存続という目的のためには、生命自体が自然環境に対して生存の安定性(内的恒常性の維持)を主体的に追求しなければならないのです。

 また遺伝子の突然変異やミスは常に物理化学的必然であり(偶然とは人間の認識能力の欠如による形容表現)、生命の適応性は、内外環境の変化に可変的で有限であり、安定的平衡の永続性をめざしていますが変化や個体死は避けられません。だから、適応による個体と種族の維持存続や、新種の形成とその永続性には常に環境変化による絶滅の危険が伴います。そのような環境の多様性(安全性・安定性と危険性・不安定性)に対して、生命は、常に原始地球に誕生した生命細胞を、多細胞状態になっても卵細胞と遺伝子を通じて存続させ、個体の維持と種族の存続(という目的)のために多様な生存形態を進化させてきました。

 人類は言語の獲得によって、これらの知識と地球生命の存続の使命を自覚して、科学的生物学にもとづく普遍的人間倫理を確立し、永続的な平和共存と人類福祉を築いていかなければならないのです。