学校紹介
経営の方針
校訓
助け合う子: 仲よく協力し合う子どもの育成
考える子 : よく考え学習に励む子どもの育成
品のある子: きまりを守り礼儀正しい子どもの育成
元気な子 : じょうぶでたくましい子どもの育成
働く子 : ねばり強く働く子どもの育成
校歌
昭和38.3.3設定
塚本 勝義 作詞
有賀 正助 作曲
1.
清水が原の 麦青み
きれいな花よ かわいい小鳥
ぼくもわたしも 歌って跳んで
顔はかがやき 雄々しく強く
みんな健康 仲よく伸びる
2.
流れは豊か 那珂の水
実りの秋よ 「穂波は黄金」
ぼくもわたしも 学んでみがき
瞳はつぶら 賢くさとく
みんな勉強 まじめに励む
3.
野の果て遠く むらさきに
筑波の山よ 望みの象徴
ぼくもわたしも 鍛えて練って
正しい道を 見つめて守り
みんな明朗 そろって進む
松の緑も あざやかに
伸びゆく 五台小学校
歴史
明治
22年4月1日
五台村大字東木倉に五台尋常小学校を,大字後台に分教場を創設する。
33年4月15日
分教場を廃して第一尋常小学校を東木倉に,第二尋常小学校を後台に置く。
35年9月18日
大暴風のため第一尋常小学校舎潰倒し,同36年3月18日改築落成する。
42年3月29日
第一,第二尋常小学校を併合して本校を五台尋常小学校とし,分教場を後台に置く。
43年4月26日
校舎一棟を増築する。
大正
2年4月1日
高等科を併設し,五台尋常高等小学校と改称する。4月校舎一棟を増築。
14年3月1日
失火のため本校舎全部焼失。仮校舎を西木倉の民家,東木倉の民家及び寺院,後台の役場及び民家において教育する。
14年10月20日
校舎新築に着手。
15年2月28日
工費2万6千5百円で落成。同年4月18日 開校式を挙行する。
昭和
16年4月1日
五台村立五台国民学校となる。
22年4月1日
五台村立五台小学校と改称する。
30年3月31日
神崎村・額田村・菅谷町・五台村・戸多村・芳野村・木崎村が合弁し那珂町となる。町村合併により那珂町教育委員会成立。茨城県那珂郡那珂町立五台小学校となる。
47年5月10日
新校舎建築起工。
48年1月18日
新校舎が完成。
工事費116,538,000円で鉄筋コンクリート3階建・普通教室16,特別教室5,その他建築面積3,236㎡。
48年3月3日
新校舎竣工式を挙行する。新校舎番籍は東木倉960番地の1となる。
53年2月28日
工事費48,758,000円で普通教室6を増築する。(569㎡)
55年8月30日
鉄筋鉄骨造り屋内運動場(1,000㎡)着工。
56年3月20日
昭和56年3月20日 屋内運動場完成。 工事費143,000,000円。
56年3月30日
鉄筋鉄骨造り屋内運動場の竣工式を挙行する。
57年11月
校庭緑化整備事業完成。(設計,中台,磯崎宗雄氏。施行,横堀,大高緑化)
60年5月24日
学校水泳プール着工。
60年8月6日
学校水泳プール完成。工事費48,200,000円。375㎡(25×15m 7コース)
60年8月10日
学校水泳プール使用開始。
61年4月23日
学校水泳プール竣工式。
63年4月18日
創立百周年記念事業実施。記念式典挙行,記念誌発刊,記念事業(AV調整卓,TVアンテナ,金管楽器他)
平成
17年1月
那珂町と瓜連町の合併により那珂市となり,那珂市立五台小学校と改称する。
19年8月
校舎改築 オープンスペースの教室・耐震補強整備事業が完成
ふるさと自慢
清水寺しみずでら
五台小学校から南西に1キロほど行ったところに,「清水寺(しみずでら)」があります。 お寺周辺は,とても美しい日本的な公園となっていて,憩いの場所となっています。
寺の歴史
今から315年ほど前の江戸時代(元禄10年)に建てられました。 その時には,清水寺と書いて「きよみずでら」と呼んでいました。
建てたお坊さんは「呉雲宝曇(ごうんほうどん)禅師」です。 水戸黄門さまが水戸に呼んだ東皐心越(とうこうしんえつ)禅師のお弟子さんです。
黄門さまもこのお寺を大変気に入り,
「京都の清水寺にお参りするのと同じになる」という意味の歌を詠んでいます。
ここもまた 国こそ替わる 山城の
心の住める おなじ清水
境内にはこんこんと泉の湧く湧水池があり,錦鯉が泳いでいます。 地域の方々が整備された花菖蒲やカキツバタ園があり,人々の目を楽しませています。 駐車場やトイレも整備され,ひとときの安らぎを求めるスポットとなっています。
こどもたちも,写生や自然体験に訪れています。
寺の周辺地図
清水洞の上公園しみずどうのうえこうえん
清水寺に隣接する公園です。美しい湧水が,池や川となって多くの生き物を育んでいます。