【19】
振り向きながらも前を向く
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫? 少し休む?」
「ううん、まだ頑張る」
クロが荒い息を吐きながら答えた。コハネは来た道を振り返り、遠くなった氷の壁と今も尚飛び散り続ける氷の破片の光を見つめて、言う。
「にしても、無茶しやがったなーあいつ……」
「あの……コハネさん」
「ん? なに?」
「私に……私に、シュンヤを止められるかな?」
「え?」
「だって、この世界に来てからも来る前も私は何も救えなかったし止められなかった。むしろ私がいることで事態が悪化してどうすることもできないことが大半で……。そんな私がシュンヤを止められるのかなって」
「……クロちゃん」
コハネがクロの前に立ちクロの肩に両手を載せた。
「一人で抱え込まないで、私もいるよ。それに私はシュンヤと幼馴染、あいつの求めてるものぐらい分かってるから。初対面で頼れって方が無理なことは分かってるけど、私の事頼ってくれないかな?」
「でも……」
「んー……じゃあこう言わせて、私を信じて」
「……分かった」
クロは足を進めるのを再開し、コハネに問いかける。
「あの……シュンヤは何を求めてるんですか?」
「……そうだね、多分あいつ、止めてほしいんだと思うよ、この事態を」
「え?」
「生き残りたいがために自分を止めに来る……、それじゃあシュンヤはきっと世界崩壊を止めない。でも、シュンヤにこんなことしてほしくないって理由で止めに来たのなら、きっとシュンヤはやめてくれる。きっとあいつは……心を許せる相手を探してるんだ」
「……心を許せる相手……か……」
クロが少し俯いて、考える。
「……私はなれるかな?」
「クロちゃん。クロちゃんは今までシュンヤの事ちゃんと見てきてくれたんだよね?」
「でも私、シュンヤの事何も知らない」
「あぁもうじれったい!! さっきから聞いてたらネガティブな事ばっかり!! 私だって不安だよ!! 幼馴染でずっと一緒にいたのにあんなに恨み貯めてたなんて気づいてあげられなかったし。この世界に閉じこもっていろんな人たち巻き込んでまで家族の痕跡追ってたのなんて知らなかったし!! 悔しいし、怖いよ。でもここで逃げたって結果が変わるわけじゃない!! だから私は進んでるの」
「……」
「……ごめん、ちょっと熱くなった」
「ううん……。むしろありがとう、本気でぶつかってくれて。おかげで私も腹くくれた」
「……じゃあ急ごっか」
「うん!」
二人は再度走り出し、シュンヤが居る塔まで辿り着いた。中に入るとそこはどこまで続くのか分からない螺旋階段で構成された空間だった。
「コハネさん羽が!」
「え? あ……本当だ、ここからは自力で上がって来いって事だね」
塔の中に入った瞬間、背中の羽の消えたコハネが冷静に言う。二人は終わりがないと思える程長い階段を上り続けた。息は切れ、足はふらつき、心臓は飛び出しそうなほど脈打ち、眩暈がする。それでもシュンヤを止めたい一心で二人は走り続けた。
「!! クロちゃん危ない!!」
「え? わぁっ!!」
クロが足をかけた階段がぐらりと崩れる。とっさに引き上げたコハネが、クロと入れ替わるように落下する。
「!? コハネさん!!!」
「立ち止まらないで!! 走り続けて!! 私もあなたに託す!! だからシュンヤに伝えて!! 家族はもういないけど、君を思う人はここにいるって!!」
落ちていくコハネの姿が見えなくなるとクロは立ち上がった。
「……分かった、もう振り返らない。私はシュンヤを止める!!」
クロが決意を確固たるものにし、階段を上る。もう息切れもふらつきも動悸も眩暈も関係なかった。託された思いを伝えるためクロは走り続けた。
「……シュンヤ……」
階段を上り終わり、その人を呼ぶ。声をかけられた当人はゆっくりと振り返り、不気味な微笑みを見せる。
「あぁ……、本当に来たんだ……」