【18】
戻らない思い出

自分の逃避のために作ったこの世界にどれほどの価値があるのだろうか? 人の記憶を読み込んで再現するようにプログラムをした世界、半分くらいは俺ですらどうなってるか分からない。
リセットのため自ら壊す事を決めた世界を見ながら思う。

「……母さん、あなたならどう思った?」

柄にもなく過去を振り返る。

――『初めて会ったときに天国から天使が逃げてきたって確信したんだ』。
父が母とののろけでたびたび口に出していた言葉で、殆ど口癖だったそうだ。あながち間違いではない。母のアンヌは『アンヌ・カドー』と呼ばれる色んな力を持った特別な天使で、天界でも次期神様候補としてあがめられていたとか何とかで。その詳細はそこまで詳しく聞かされてはいないんだけど、とにかく母はそう言う神格化されるような特別扱いに嫌気がさして、天界から家出を頻繁にしていたみたい。
当時の父は音大生、ピアニスト志望だった。気弱で押しに弱い性格故、度胸を付けるためとかでストリートピアノの演奏をしていたんだって。そして、その優しい音色に惹かれて母はふらふらと父のピアノに吸い寄せられて、ピアノを弾く父を見た母は一目惚れした。『何て優しく笑う人なんだろう……!』と。で、母は父の気を引くためにピアノを始めて、自身もストリートピアノに挑戦したみたい。残念ながらその腕前は素人そのものでそれを見た父が声をかけた事がこの物語の全ての始まり。

「ピアノ、好きですか?」

「え!? は……はい……!」

「そうですか、俺で良ければ教えましょうか?」

「い……良いんですか!?」

「えぇ、もちろん」

それから二人の交流は始まった。母のピアノの上達に伴って、交流はやがて交際となりそして……。

「聖さん……」

「アンヌさん? どうしたの?」

「私、実は天使なんです……」

母は父を試したらしい、天使であることを明かして引くようなら別れて天界に帰る。もし、受け入れてくれるなら……。
そこで父が放った言葉がさっきの通りである。

「やっぱり! 初めて会ったときに天国から天使が逃げてきたって確信したんだ!!」

「……! こんな私でも受け入れてくれますか?」

「もちろんです! 俺はアンヌさんが天使でも悪魔でも、人魚でもケンタウロスでも受け入れます!」

「ケンタウロスって……ふふっ……」

「アンヌさん? どうしたの?」

「聖さん……私と結婚してください! そして私を天界から連れ出してください!」

「……本当に、俺でよろしければ喜んで」

受け入れてくれるならプロポーズをしようと決めていた母の言葉ででゴールイン。母は本格的に天界を逃げ出し行方をくらませて幸せな生活を始めました。
――ここで終われば間違いなくロマンチックな物語のハッピーエンドだ。まぁ、そうは行かなかったからこんなことになっちゃったんだけどね。
結婚から数年後、そんな両親から生まれたのが俺だ。どうも生まれてくるときに母の能力をいくつか受け継いだらしく、生まれつき母のアンヌ・カドーがいくつか使えた。でもそれと同時に、人間と天使のハーフであるがために天使の力は半端にしか使えない上、羽は片方だけ。空を飛ぶことも叶わない半端者、カタヨクと呼ばれる都市伝説でもめったに聞かない禁断の存在。

「アンヌ、俊也を産んでくれてありがとう」

「こちらこそ、俊也を愛してくれてありがとう。……でも私、正直心配なの」

「心配って、何が?」

「……羽が片方しかないし、私の力を引き継いでいる、この世に一つに等しい存在……。そんなんで生きて行けるのかって」

「大丈夫だよ、この世に一つの存在なのは生き物全てそう、世界が敵になったって俺たちが愛し続ければ何の問題も無いよ」

「でも……」

「……きっと、受け継いだ愛情でこの子は立ち上がれるし、俺たちの与えた愛情を何倍にもして人に与えられる子になるよ」

「……そうだよね、私たちの子供なんだから」

俺は生まれた時から人間界に住んでいたから、人間を驚かせないように羽を隠して過ごしていた。どの種族にも入れない存在だったけれど幸せだった。
両親の弾く優しいピアノの音色に混ぜられる俺のトイピアノの滅茶苦茶な旋律と、それを聴いて笑っている両親。記憶の中の両親はいつも優しい笑顔で、時に厳しいけれど愛情深い素敵な人、俺が生まれて父の口癖は長くなった。
『母さんと初めて会ったときに天国から天使が逃げてきたって確信したんだ、それに俊也と言う天使も連れて来てくれたからね』
あのまま過ごしていたら、俺はこんな風に人の命を弄ぶような生き物にはなっていなかっただろう。父や母との連弾も様になってきた十二歳の頃、父にピアノの海外公演の仕事が入ってきた。飛行機のチケットは二枚で、俺がいるから両親は公演に参加することを迷っていたみたいだけど、俺は父の活躍が純粋に嬉しくて父に参加して欲しい、母に父を支えて欲しいってお願いをして送り出すことを決めた。
未だにこの時両親を行かせてしまったことを後悔している。海外怖いって言い訳でも両親揃ってないと寂しいって理由でも良い、今あの時に戻れるのなら、行かないと言うまで全力で泣いて引き留める。
その日、母の親友であるコハネの母に預けられた俺は、両親が帰ってくる喜びをかみしめながらコハネの家に向かっていた。
預けられて以来のルーティンになっている夕方のテレビを見るためテレビをつける。突如現れたのは俺の心臓を抉る内容の臨時ニュース。チャンネルを変えても変えても同じニュース、嘘だ嘘だと、信じられない信じたくない気持ちが頭の中を回り続ける。そこに帰宅するコハネの母。

「俊也くんもう帰ってたの? 小羽ももう帰ってくるから、二人を迎えに行く準備しようか」

「おばさん……」

「ん?」

「父さんが……母さんが……、あああああ!!!!」

コハネの母に抱き着いて、彼女の服がびしょびしょに濡れるほど泣く。テレビに目を向けたコハネの母の目にも、俺と同じ光景が目に入っただろう。
……俺の両親の乗った飛行機が墜落して、死亡者として両親の名前が上げられている光景を。そのあとの記憶はおぼろげだ。帰宅したコハネが一緒に泣いてくれて、その日は一緒に眠った。
コハネの母が葬式関連の手続きや親族への連絡をしてくれた。初めて会うことになった今後の保護者になる母の姉は俺を罵倒して、その旦那がそれを制止している。周りのスタッフや参列者の俺を憐れむ声、インタビューにやってきたマスコミの質問を投げかける声、遠くで見守るコハネとその両親。
目の前に両親の棺はあるけど、中身は空っぽで完全に形式だけの葬式だ。葬式の間、俺はショックのあまり涙も声も出なかった。
葬式を終えた帰り道、ふと視界に入ったゴミ捨て場に捨ててある紙が何故だかどうしても気になり、こっそりとその紙を見る。そこに書かれていたものは、俺にとってこれまでの価値観や性格が変わってしまうほどの衝撃の内容。
その紙には両親の名前と、これまで歩んできた人生、それから事故の日付に『飛行機が墜落し死亡』の文字が乱雑に書き足されていた。それ以降の文章は塗りつぶされ、読めないようになっていた。そこで俺は悟った。『両親は殺されたんだ』と……。
ひとりぼっちの家に帰宅して、コハネに電話をかけた。

「あのさ……コハネ……」

『何? って言うか大丈夫……?』

「人の名前と歩んできた人生が書かれた茶色の紙って何か分かる……?」

『人の名前と人生の中身が書かれた茶色の紙……「人生の羊皮紙」の事?』

「それって何?」

『天使の仕事って人の人生を決める事なんだよね、それが書かれた紙の事だよ……』

「それって、書き換えたりとかも出来るの?」

『あー……物理的には可能かな?』

「物理的には?」

『うん、管轄が決まってるから、その人以外が手を付けるのは最大のタブーとされてるよ。違反が見つかったらもう人生決めさせて貰えなくなるしね……』

「……もし次元が変わったら?」

『うーん……分かんないけど、天界からの接触が不可とかだったら行けるんじゃない……?』

「そう、ありがとう……」

電話を切って決意を固めた。天界に復讐をすると。
そう決意したは良いものの、伯母に引き取られて天界に来てからは毎日が地獄だった。人間界で教育を受けてきたから天界の事が何も分からなくて勉強が遅れる、カタヨクだからそもそも能力が無くて付いて行けない。
そんな異端者だからいじめにも遭う。投げられる罵声と暴力、最低限の生活こそ保障されるものの帰宅してもいないものとして扱われる。日に日に復讐心は募るばかりだった。
復讐を遂げるためにはどうすれば良いか考えてみても良い案は浮かばない。俺は天使としてはあまりにも力が無い。そんなことを考えていたら扉が目の前に出現した。不思議と嫌な感じがしなかったから、俺は扉の中に入った。その中には一つの町があった。蒸気機関の発達したヴィクトリア朝風、いわゆるスチームパンクな世界観そのものの町だ。

「すごい……! なんて俺好みの世界なんだろう! ただな……街灯がもう少しアンティークっぽいと良いんだけどな」

そう呟くと、街灯は俺の好みど真ん中の街灯へと変化した。驚いたけれど、確信した。

「……そっか、これ母さんの力だ……。でも、俺こんな力は持ってなかったような……もしかして、母さんの力……、世界中に散らばってる……?」

そう思った時に、名案が浮かんだ。

「……そうだ、母さんの力を集めて天界を滅ぼそう……」

そうして俺は日夜その研究に明け暮れた。具体的な作戦が出来て心に余裕が出来たおかげか、いじめに対して徹底的に対抗した結果俺へのいじめはなくなった。
けれど能力の回収がいっこうに上手くいかない。回収するための設備を作っていくうちに、何とか手に入った物に意志を与える能力で意思のあるロボットを作って従業員は足りたけれど、とにかく回収がされない。そんな愚痴を吐いたとき、緑の長い髪をしたメイドロボが言う。

「あちらから来てもらえばよいのでは?」

「……あちらから?」

「はい、能力者をエサで釣って、ここで能力回収をするんです」

「……それいいね! 試してみたいこともあるし」

そんなきっかけで始まったMine Funeral大会の第一回目は、本当に実験的に開催された。

「おわっ……、『人生の羊皮紙』は人が来た時点で回収可能なのか。まぁ確かに俺がこの世界唯一の天使……だしな」
実際に大会を行った結果、色々な収穫があった。
実験で行った大会だから、この時は今のルールみたいなことはしないで全員の能力を回収してこの世界の記憶ごと能力の記憶も消して帰したよ。

「この世界だと天界からの干渉受けないみたいだ。俺が書いた人生歩んでるみたいだし。で、羊皮紙に『能力が回収される』って書けばアンヌ・カドーは簡単に回収できる……と」

そこで思った、これだけの大きな研究施設があるのだから、人工的に能力を作る実験がしたいと。そうしてルールブックにゲームオーバーになったら人体実験の素材に使われることを書き足した。これでそもそもガイドブックを熟読しないアホを実験台に出来る。
自分の運命を呪う気持ちは分かるから、生き残ることが出来たら――優勝者がそこまで能力を使いこなせるのならってことで、運命を思い通りに変えて能力もくれてやる。これは俺なりの良心だったのかもしれない。
こうして、Mine Funeralの大会とルールは徐々に出来上がっていく。実験体も増え、さらに色んな力も増えていく。この世界も人の記憶や思いを汲み取り形を変えてどんどん成長していく。両親が復讐を望んでいないことも、こんな大会を繰り返したところで母の能力が全て戻ってくる保証はないことも、本当は頭では分かっていた。
自分では見ないようにしていた心のどこかでは、誰かに止めて欲しいとも考えていたかもしれない。そんな人と出会えたら、なんて淡い夢を抱いて俺は時々この大会に参加していた。まぁ……無駄な努力だったみたいだけどね。
もうすぐこの世界が崩壊する。新しい世界がどうなるかは分からないけど、あいつらみたいなやつと出会える世界だと良いな……。

***

飛行機の揺れと急降下による強力な圧力、それによって聞こえる悲鳴が止まらない。そんな中でも、聖は私を抱きしめてくれている。私もそれに応えるために聖を抱きしめ返す。残してきた息子の事が気になって仕方がない。でももうどうすることも出来ない。
そもそも聖はここで死ぬ予定だったの? 私が関わったからこうなっちゃったの? 
……ごめんなさい……私のわがままで巻き込んでしまってごめんなさい……。
私はある決意をする。この能力は私が死んだ後に天使どもに回収させたりなんかしない。

「……お願い……この力、誰かのためになって……」

死の直前、私はそう祈った。……私はこの事故で死んでしまったからこの後どうなったのかは分からない。願わくは俊也が前を向けるように……、この力が誰かが前を向いて進むために使われていますように……。