【17】
本物の王子様

崩壊を始めた世界を、前衛として攻撃に長けたトリックスターとクラウンヘッド、そしてそれに守られ、クロ、コハネ、トラシーウィザードが走り抜ける。

「あの影のモンスターもシュンヤが!?」

「たぶんね!! シュンヤのお母さん、絵の実体化だけじゃなくて影に命を吹き込んだりとかもできたから!!」

「そうなんだ……まだ分かんないことがたくさんあるんだけど」

「ごめん、歌うのに集中したいから全部終わってからでいい?」

「歌?」

クロが耳を澄ませると、コハネはかすかに聞こえる声で歌っていた。けれどその言語は聞き覚えのない言語で、クロには何を言っているのか理解できなかった。

「この歌ってなんだろう……?」

「魔法みたいなもんだろ?」

「魔法?」

「あぁ、ボクの世界にもあるんだけど、旋律に魔法を込めることがあって、その曲を奏でると傷が治ったりとかするんだよ」

「へー……なるほど」

「だけどこの言語、天使の言葉だからボクにもなんて言ってるかはよく分かんなくて……」

「そうなの?」

「でも、感じからした世界創造、または再生歌、そしてこの曲を作ったのはシュンヤのお母さんなんだろうな」

「……っていうかユキちゃん走って大丈夫? 苦しくない?」

「今更!? 全くだよ」

「そう、よかった」

ほっとしたのも束の間、前衛の二人の叫び声がした。

「クロエ!!」

「ガスパール!!」

二人が見る見るうちに下へ下へと消えていく。異常を察したコハネが叫んだ。

「!! 止まって!!」

その声に、クロとトラシーウィザードは足を止めた。三人の前には、巨大で深い穴が開き、空を飛びでもしない限りとても通れそうにない。落ちていった二人が無事かは、シュンヤを止めることができるかどうかにかかってくるだろう。

「……私はともかく二人がここを通るのは無理……だよね?」

「あぁ、そんなことか」

トラシーウィザードがそう呟いた。

「そんなことって!!」

「天使さんよぉ、氷の魔法使い、なめてもらっちゃ困るんだけど!!」

トラシーウィザードがそう言い深呼吸をし、穴の前に両手を突き出した。足元が寒くなったかと思うと、そこには氷でできた橋が架けられていた。

「ユキちゃん……すごい……!!」

「クソッ……やっぱ箒がないからコントロール難しいな……。これ以上出力したら足元全部凍っちまう……」

「とにかく、これで二人とも通れるね。先を急ごう、この崩壊具合を見ていて思ったんだけど端の方はもう……」

「残してきたドクターとエリクシルも心配だしな……」

「……そうだね、急ごう!!」

コハネとトラシーウィザードが走り出した後ろで、クロが足を動かそうとして、止まった。

「棗!! どうしたんだ?」

「……怖いの」

「はぁ!?」

「私怖いの!! このままいったらシュンヤは壊れちゃうんじゃないかって……私はシュンヤを痛めつけたいわけじゃなくて……」

クロがその場にしゃがみ込む。

「どうしたらいいの? どうしたらシュンヤを傷つけずに済むの……? シュンヤの言い分だって分からなくはないよ……」

「あのさ、棗」

トラシーウィザードがクロの頭を優しく撫でながら笑顔でいう。クロと顔を合わせて以来、一度も笑ったことのなかった彼は、年相応の無邪気な笑顔でクロに話しかける。

「友達の悪いところを注意するのはいつだって怖いよ。でもさ、そういうところを注意できるのだって友達の特権だろ?」

「でも……」

「わーったよ、ホラ」

トラシーウィザードはポケットからコインを取り出す。クロの見たことのない言語の描かれたコインだ。

「これはうちの国のコインなんだけどな、表はうちの国のメインストリート、裏は国の象徴であるフェンリルが描かれてる。今からコイントスやって願掛けしようぜ」

「でも」

「表は成功、裏は失敗だ」

トラシーウィザードがコインを投げながら言う。空中でコインをキャッチすると、ゆっくりと手を開いた。

「……裏かぁ……」

「ま、ここで悪い方引いたから次は成功すると思えばいいさ、行くぞ」

「……うん」

クロは走り出そうとするが、その右足が動かない。足の方を見ると、影たちがクロの足をつかんでいた。

「ひっ!?」

「なっ!! 棗を離せ!!」

トラシーウィザードがそう叫び氷で作った剣で影を切り裂いた。次々襲い掛かる影たちを剣と魔法で何とかあしらうが、クロをかばいながらの戦闘は難しいようだ。そのうち、防ぎようのない大量の影が押し寄せ、トラシーウィザードが巨大は氷の壁を作ると大声で叫ぶ。

「ここはボクにまかせて棗は先に行け!!」

「そんな!! 二度もユキちゃんをおいてけないよ!!」

「バカ!! お前はボクをおいて行ったことなんか一度もないしこれからもない!!」

「え?」

「良いか? お前はボクが勝手に無鉄砲に進んでいくのを勝手において行ったって罪悪感抱えてるだけだ!! 本気でボクのことを思ってるんなら、今ここでボクを戦わせて前に行ってくれよ」

「でもユキちゃん一人でこんな奴ら相手にしたら死んじゃうよ!! だから私も」

「それで時間切れになったらどうする気なんだ? それこそボクの無念は晴らされないだろ?」

「っ……」

「……大丈夫」

トラシーウィザードが帽子とポンチョを脱ぎ捨てて言う。

「物語に登場する王子様って、本気で惚れた女の子のためならとことん強くも変態にもなれる、世界は大体そうできてるもんなんだ」

「……格好つけてるつもり? それにユキちゃんが王子様なんて信じられないよ」

「はぁ? 言葉だけじゃ納得できないってか? でもコハネならわかるだろ? ボクが王子だって」

「……うん。……角生えてるもんね……」

「コハネ、棗を頼む」

「うん、任せて!」

「ユキちゃん! ……私達がシュンヤを止めるまで絶対やられないでね!!」

「誰がやられるかっての」

クロとコハネの姿が見えなくなったことを確認するとトラシーウィザードが呟く。

「……鈍いな、あいつ……まぁこんな状況だし仕方ないか……。さて、と」

今にも壊れそうな氷の壁と、押し寄せる大量の影たちを見つめ、トラシーウィザードが言う。

「恋する王子の底力を……なめてんじゃねーぞ!!」

そう叫び短い角を折ると、辺りが冷気に包まれる。まるで彼の周りだけ冬が来てしまったかのようだ。

「ボク達ロイヤルメイジは、角を折れば数十倍もの力を発揮できるんだ……反動はでかいけど……やるしかねぇ!!」