【04】
魔法使い
クロに置いていかれ呆然としているシュンヤに、新たな人物が声をかけた。
「おいお前」
「え? はい……」
「お前、Mine Funeral参加者か?」
「そうだったら……?」
「ぶっ潰す!!」
「っ!!」
見るからに柄の悪いその男は、言動も予想を裏切らなかった。向かってきた相手から逃げるように、シュンヤは駆け出した。ジャクリーンと戦った広場を抜け、小道に入る。ひとまず距離を取ろうと目の前の道を真っ直ぐ進み、道順に沿って走っていたら現れた曲がり角。
「っと、すみません!」
その曲がり角に差し掛かった際に、青い帽子を被った少年とギリギリのところですれ違う。少年はシュンヤに特に応えなかった。ただ、こう呟いた。
「……見つけた」
そうして少年が来た道を振り返ると、走っているであろうという予想に反し、シュンヤはちょうど盛大に転んでいるところだった。
「痛い!!」
あっけにとられた顔で少年がシュンヤを見つめていると、追いかける側であった柄の悪い男がシュンヤの元に追いつく。
「やっと追い詰めたぜ……変な目の坊主」
「変な目? 何のことですか?」
未だ立ち上がれていないシュンヤは、それでも男を警戒し、対話での時間稼ぎを試みる。
「ま、何でもいいけど。お前弱そうだし俺たちのために負けてくれよな」
ハンマーが振り上げられる。時間稼ぎは大して出来なかったようだった。咄嗟に頭を抱えたシュンヤは、ハンマーが振り下ろされる気配を感じた。
カァン……! 路地に硬いもの同士がぶつかる音が響く。痛みは特になく、シュンヤはそっと目を開いた。そこには手に持った箒でハンマーを受け止める少年がいた。
シュンヤはそこで、少年をようやくじっくりと見た。暗い青色の短い髪、薄い水色の瞳、病的に白い肌。結構背が低いのか、座り込んだシュンヤでも顔を容易に覗くことが出来た。力競り合いの末、少年がハンマーを弾く。舌打ちをしながら距離を取る男に、少年はあからさまに見下した視線を向ける。
「名乗りもせず人を襲うのはルール違反だ、反吐が出るな」
少年の口から、その外見に似つかない低いハスキーボイスが響いた。
「なっ……なんだとこのガキッ!!」
一方の男は、少年の言動で更に激昂したらしい。拳を固めると、少年に殴りかかった。男の拳は速かった。普通の暮らしをしている人間には、避けられないであろうスピードだった。
しかし、少年はゆっくり飛ぶ虫を躱すようにして避けた。
「なっ!」
「なんだ、所詮こんなもんか。まぁ、その辺のゲロ犬に期待しすぎたかな」
ぽつりと呟くと、少年は男に冷たい視線を寄越しながら、名乗った。
「ボクの名前はトラシーウィザードだ。氷の魔法が主な攻撃手段だ」
宣言を終えると、握った箒で地面を軽く叩く。その先端から広がる氷は、男の足を凍らせた。未だ威勢だけは良い声を上げる男をもう見もせず、トラシーウィザードと名乗った少年は、シュンヤの手を取り走り出す。
「こっち」
「え? え? え?」
手を引かれるまま、シュンヤはいくつかの路地を抜けた。そうして、しばらくして少年が足を止めたのを見計らって、口を開いた。
「助けてくれてありがとうございます、俺、」
「ゲホッ!! ゲホッゲホゲホゴホッ!!」
「え? だ……大丈夫ですか!?」
盛大に咳き込む少年の背中を、シュンヤは優しくさすった。しばらくして咳が治まった少年は、顔を上げてシュンヤに尋ねた。
「で、お前大丈夫だったか?」
「はい、おかげさまで。あなたこそ大丈夫ですか?」
「いつものこと、慣れっこだって」
少年はそう言うと、流れるような動作でタバコを取り出し咥えた。ポケットというポケットをまさぐる様子に、何をしようとしているか察しがついたシュンヤがタバコを取り上げた。
「なっ!! 何しやがるんだ返せ!!」
「子供がタバコ吸っちゃダメじゃないですか!!」
「良いんだよ! ボクは見た目は若いけど、本当は二十三歳なんだからさ!!」
「それでも先ほどあれだけ咳き込んでいた以上は渡せません!!」
「チッ」
少年は苛立ちを隠そうともせず舌打ちし、箒を握り直してそれでシュンヤをつつくように当てた。途端、シュンヤの体の自由が効かなくなる。冷たくは無かったし口は動くが、凍ったように動けない。
「わあっ!! 何するんですか!!」
「人に指図すんな、これだって体に悪いからやってんだしな」
少年は固まったシュンヤからタバコを奪い返し、見つけた発火装置で火を付けた。
「はー……で、お前名前は?」
「シュンヤ……」
「シュンヤか、日本人?」
「はい……、えっと、あなたは?」
「え? あー……そうだな……ゆ……いや、ア……あぁもう!! トラシーウィザードってことにしてくれ」
「長いですね……そうだ、トラシーって呼んでいいですか?」
「……まぁ、好きに呼んでくれ、反応はするから」
タバコを吸い終わったトラシーウィザードが、それの始末をしながらシュンヤにかけた氷魔法を解除した。
「そこまでしてタバコ吸いたいんですか……」
「そりゃな。ニコチン中毒なんざ簡単には抜けねえし、ましてやボクはヘビースモーカーだ」
「ヘビー……、そうですか、もう止めません」
「あぁ、止めないのか。じゃあ実年齢を言うけどボクは十三歳だ」
「やっぱり引き止めて良いですか?」
「殺すぞ」
「ごめんなさい」
今までのやり取りで、トラシーウィザードの実力は察せられる。殺すと言うのなら本当に殺されてしまうのだろう。即座に謝ったシュンヤは、寒くもないのに一度身震いした。一方、トラシーウィザードは一瞬出した殺気をしまいながら溜息をついた。
「で、お前を助けた目的なんだけどさ」
「はい」
「秘密に差し支えるから詳しくは言えねえ。でもなるべく少ない犠牲者でこのゲームを終わらせるにはお前が必要なんだ」
「え? 俺が……ですか? でも何でそれが俺って確信を持てるんですか? って言うかそもそも秘密って……?」
「秘密ってのは、ルールブックに載っていない、この大会を終わらせるための方法の事だ」
「え? そんな方法があるんですか!? ……ってよく見たらルールブック3に書いてありますね、そんな感じのこと……」
「ああ、まあお前が知らないのは当然と言えば当然らしいけどな……それと、お前だと言い切れる判断基準は目、だ」
「目……? そういえばさっきの男も変な目だって……」
「なんだ、お前自分の顔見てないのか?」
「はい」
「んー……そっか、じゃあ顔見てみろよ」
トラシーウィザードはそう言うとこぶしを握り、その中に魔力を圧縮した。それを手首を捻って空気中に解放すれば、小さな楕円型の氷が出現した。それを手に取り、シュンヤに差し出した。
「ほら、即席だけど氷の鏡だ。そこまではっきり色は映らねぇけど、まあ色合いくらいは何とか分かるんじゃね?」
「は……はあ……」
ひんやりと冷たい小さな鏡を受け取り、覗き込むと、シュンヤは叫んだ。
「なっ! なんですかこれ!? おかしくないですか!?」
「うわっ!! ってそれが普通の反応か……」
「俺の目どうなってるんですか!? なんでこうなってるんですか!? 知ってることがあるなら教えてくださいよ!!」
シュンヤはトラシーウィザードの両肩をつかみ、激しく前後に振った。帽子が飛びメガネがずれたが、シュンヤはお構いなしに同じような質問をぶつけながら少年の肩を揺する。
「ちょっ! シュンヤ! やめっ! やめっ! ……やめろって言ってんだろうが!!!!」
トラシーウィザードが思い切りシュンヤをぶん殴り、無理やりシュンヤの動作を止めた。小さなこぶしがクリティカルヒットした鼻から血が出て、シュンヤはその痛みでうずくまる。
「あ……、悪い」
「いえ、こちらこそ」
「……回復魔法かけてやるからこっち向け」
「はい」
トラシーウィザードがシュンヤの鼻を軽くつまみ、呪文を唱えた。
「血液、停止、回復……、どうだ? 落ち着いたか?」
「はい……、でもこんなのテンパらないわけないでしょう!! だって目が!!」
騒ぐシュンヤに聞こえないような小声で、トラシーウィザードは呟いた。
「……見えてりゃ色なんてどうでもいいだろ……体さえなんともなけりゃさ……。こちとらあと一か月生きられるか生きられないかなんだぞ……」
低く低く呟いたそれは、思惑通りにシュンヤに伝わらなかったらしい。
「え? 何か言いました?」
「とにかく、お前がゲームの鍵なんだ。だから出来るだけお前と行動したいんだよ」
「ああ、それで俺に依頼を?」
「そうだ、だから手を貸して欲しい。嫌なら、無理強いはしない」
「えっと……」
「無理強いはしないが。その代わり、お前を殺してその力をボクが受け継ぐ」
「え?」
トラシーウィザードは、冗談ではないと示すような真剣な顔でシュンヤに告げた。シュンヤは少し迷ったが、すぐに決断をした。
「一緒に行動しているクロって女の子がいるのですが、その子も一緒なら良いですよ」
「かまわない、お前が協力してくれるなら他は誰だって良い」
トラシーウィザードはそう言い切り、それを聞いたシュンヤは安心したように微笑んだ。ズボンをはたきながらシュンヤが立ち上がると、そこに新たに現れた人物がいた。
「シュンヤ!! 大丈夫だった……ってユキちゃん?」
「え? 棗(なつめ)?」
「二人とも知り合いなんですか?」
そこに現れたのは、クロと名乗ったあの少女だった。自分の知らない名前でお互いを呼び合う彼らに、シュンヤは素朴な質問を口に出した。
「うん、大会開始前にちょっとね」
「へぇ……」
ぼかされた返しに、シュンヤはなんとも言えない返事をした。
「クロってこいつのことだったのか?」
「はい」
「なんだ、棗なら大歓迎だよ」
「え? 何? ユキちゃん手組むの?」
「ああ、ボクが探してたのはシュンヤだったからな」
「ふーん。……でも、ユキちゃんが他人に興味持つなんて珍しいよね」
「まぁな、棗こそ誰かと手を組むなんて思わなかったぞ」
「だよねー……」
「え? 何? お二人とも単独行動がお好き?」
「んーまぁね」
「当たり前だろ」
「あー……」
シュンヤがやや困った表情を浮かべた。次の質問への答えは、分かり切っていても尋ねずにはいられない。
「つまりチームワークなんて知らないと?」
「うん」「そうだよ」
「嫌なハモり方止めてください」
「あ、そういえば私は秘密一個知ってるけど、ユキちゃん秘密何個知ってる?」
「四つ」
トラシーウィザードが指を四本立てて言うと、クロが派手に驚いた。
「えええええ!? ユキちゃん四人も殺しちゃったの!?」
「バカ!! 三人だ!! 一つは最初から知ってた!!」
「え? え? え?」
「とにかく、ボクは正直無駄な争いは避けたい。殺した数は数え切れないけど……、それは殺されそうになったから殺しただけだし」
「トラシー……」
「……って棗怪我してるじゃん」
「え? あぁ、こんなのたいしたことないよ! つばつけといたら治るって!」
「ダメだ。傷が残ったらどうする気だ? 治してやるから見せてみろ」
「……うん」
「……ケガ、擦り傷、回復」
トラシーウィザードがそう呟きながら触れると、クロの傷は跡形もなく消えた。
「……さっきも思ったんですが、その三つの単語をつぶやくのが呪文なんですか?」
「あぁ、そうだよ。無くても良いんだけど、この方が魔力消費を抑えられるからな。ただ言葉選びを慎重にやらないとうまくいかないこともあるんだ」
「へー……」
魔法のことはよく分からない。生返事を返したシュンヤを置いて、トラシーウィザードとクロが話を進める。
「じゃ、今日はもう寝床を探して寝よう」
「あ~……目星はつけてたんだけど、ここから遠いなあ……他の寝る場所探そっか。夕方も中々危ないらしいし」
「色々あって二度手間になっちまうな、すまん」
シュンヤはそんな二人をどこか冷たい目で眺めていたが、ふと口を開く。
「……夕方が危ない理由を聞いても?」
「ん? 私の世界では夕方のこと、逢魔が時って言うことがあって、顔が見えづらいから人間か魔物か分かんないみたいな――あ、でもここだと大体は敵かあ」
「そうだよ、バトラー以外敵みたいなもんだ」
「――っはは。そうですね。気をつけましょう。このペースだとすぐ夜になりそうですし」
会話に加わったシュンヤの目はもう冷たくはなかったが、声が口角の上がった音をしていた。