【07】
初診と施設

夜が明け、日が昇る。三人はエリア移動のため行動を始めた。トラシーウィザードだけは箒に乗り、他二人は走り出した。

「ユキちゃん」

「ん?」

「箒目立つから、悪いんだけど走ってくれない?」

「え……? それは無理」

「じゃあせめて、目立たなくてはぐれないところで飛んで」

「はいはい」

トラシーウィザードは指示通り箒の高度を上げた。
箒で飛び上がった先。この世界になじまないほど近未来的な建物が、煙を吐きながらそびえ立っていた。

「あれは……一体……」

考え始めた途端、突風が吹きトラシーウィザードはバランスを崩した。箒は手から離れ、重力に従って落ちて行く。

「うわあああああ!!!! えっと……ウォーター!! ボール!! ビッグ!!」

咄嗟に叫んだ呪文の通り、魔法の力で水球が現れた。その中に狙い通り落ちると、泳いでいるのか溺れているのか分からない動きでそこから脱出した。走っていたクロが異変に気づきトラシーウィザードに駆け寄る。

「ユキちゃん大丈夫!?」

「はぁ……はぁ……、あ……」

「ユキちゃん? ユキちゃん!? どうしよう、ユキちゃん目覚まさない!」

「わっちが診察しんしょうかぇ?」

クロが振り返ると、二人の少女が立っていた。年端もいかぬ幼い少女が一人と、明らかに人間ではない、機械で出来た少女が一人。

「えっと……あなたは?」

「わっちはDr.バルチャーと名乗っていんす、こちらはエリクシル、わっちはエリと呼んでいんす」

「えっと……、私はクロ。それでこの子はユ……、トラシーウィザード、でこっちはシュンヤ」

「よろしくお願いしんす」

「アノッ……宜しク……」

「では、少々失礼しんす」

お互いの自己紹介が終わると、Dr.バルチャーは意識を失ったトラシーウィザードの様子を見た。診察を終え、鞄から注射器を取り出した。流れるように何かの薬品を注射する。側にいるクロが叫ぶ。

「なっ!! ちょっ!!」

「毒じゃありんせんので、心配しなんでくんなまし」

「ただノ体力回復ノ薬ダヨ、大丈夫」

「う……」

しばらくして、唸り声と共にトラシーウィザードが目を覚ました。

「ユキちゃん!! おはよう」

「頭痛い……、って誰?」

「あぁ、わっちはDr.バルチャーって名乗っていんす、これでも医者ざんすよ」

「にしても特徴的な言葉で話すね……」

「わっちが最初に覚えた言葉はこんな感じでござんす」

Dr.バルチャーが見た目の年に見合わない、大人びた微笑みで言った。

「それよりも、どうする?」

体の調子を一通り確認し終わったトラシーウィザードが、これからのことを話そうと切り出した。薬が効いたのか、いつもの調子のようだ。

「どうするって、何?」

「向こうに何かしらの施設があった。そこに行ってみたい」

「え? な……なんで? ユキちゃん」

「……あそこからただならぬ魔力を感じた、ボクでも敵わないような強い魔力をね」

「基準がわかんないけど……」

「それもそうか。えーっと……」

トラシーウィザードが帽子から紙とペンを取り出した。真っ白な紙の上に、さらさらと魔法陣を書き込む。とんとん、と箒の先をそこに当てると、聞き取れない言語で何かを告げた。その言葉に応じて、紙の上に炎のようなものが出現した。
一つは水色に輝く、二番目に大きい炎。もう一つは、混ぜる前の絵の具のような、カラフルに輝く一番大きい炎。

「ユキちゃん、これ何……?」

「これは魔力を炎の大きさで表してくれる特殊な魔法だよ。ここに居る水色の炎がボク。雑魚はあまりに小さすぎて表示されてないけどね」

「トラシーさんの炎……随分と大きい炎でありんすね」

「おかげで超病弱だけどね」

トラシーウィザードは炎から目を離さず淡々と言った。みんなの視線が炎に行っている中、シュンヤはトラシーウィザードを感情の読めない目で見つめる。

「で、こっちの炎の部分、色がやたらとカラフルでしょ? それに、大きい」

「うん……」

「だから一体どんな魔力の魔法使いがここに居るんだろうって……」

トラシーウィザードは、「まあ、恐らく複数人だとは思うけどね」と付け足した。

「どちらにしても、同じ魔法使いとしては気にせずにはいられない、ってこと……?」

「それもあるんだけど何か……不可解というか、気がかりなんだよな……」

「何が……?」

「いや、この大会そのものが」

「え?」

「この間、殺さずに生かしておいた相手がどういうわけかバトラーに連れて行かれちまったんだよな……」

「でもそれって新たな対戦相手の元へ行ったんじゃ……?」

「……、本当にそうだろうか……?」

「と……とにかくその場所に行ってみようよ!」

「あそこにいくためにはまず川を越えなければなりません。……けれど、川を越えるためには汽車以外方法はありませんよ」

「ボクは飛べる」

トラシーウィザードは箒を握りしめて言った。

「でも三人は乗れないでしょ?」

「それに二人追加!」

トラシーウィザードの発言に、クロとシュンヤがやけに気の合ったツッコミをした。

「わ……わっちは行く気無いでありんす」

「ワタシも……」

Dr.バルチャーとエリクシルは乗り気で無いようだった。箒では無理だと言われ考え込んだ様子のトラシーウィザードが言う。

「いや、全員で行こう。何があるか分からないし……」

「絶対にあなた達を守る。だから、ね、お願い」

トラシーウィザードの発言を受け、クロが真剣な目でお願いをすると、Dr.バルチャーはたじろいだ。クロが交渉しているうちに、耳に手を当て目を閉じていたトラシーウィザードが告げる。

「ちょっと空気を操る魔法を使って中の音を聞いたんだけど……、機械音がやけに多く聞こえたんだよね……。そう、そこの君………エリクシルだっけ? みたいな音」

「エリ、あそこにいったらあなたのことが何か分かるかもしれないんすね」

「ソウ……だネ……ワタシ行くよ!!」

どうやら交渉は成立したようだった。一息つけるぞと言わんばかりの空気に、シュンヤが淡々と告げた。

「では、汽車の時間まであと三十分です」

一瞬の沈黙がその場を支配した。

「それを早く言ってよおおおおお!!!!」

***

全力で駅に向かったため、何とか全員汽車に乗ることができた。

「ぜえ……はあ……」

「すいません皆様……そして病み上がりのトラシー……」

「気にすんな、箒で飛んだから体力的にはそんなに削ってねえよ」

「……? あー!!!!」

クロが大声を上げ、既に発車している汽車の窓から身を乗り出した。

「なっ!! バカ!!!! 棗!!!! お前死ぬつもりか!?」

慌てて抱え込むようにトラシーウィザードがクロの体を列車の中に引き寄せる。体格差のせいで二人揃って落ちかけたが、なんとか持ちこたえたようだ。

「違うよ絵筆!!」

「絵筆?」

クロがポケットやカバンや帽子まであさりながら叫ぶ。

「私の絵筆が無いの!!」

「あれってそんなに重要なものなの?」

「重要も重要!! 私あれが無いと戦えないよ!!」

「えぇ!?」

「どんな画材でも私の実体化能力はあの絵筆にしか宿らなかったの、だから本当に……」

「分かったよ」

トラシーウィザードが外へ繋がるドアを開けた。箒にまたがると、クロに後ろに乗るように示した。

「じゃあ、ボクと棗は絵筆を拾ってから行く」

「本当ごめんね」

「いえ……お気になさらず」

そう返したシュンヤの顔を見たものはいなかった。箒に乗った二人は前を向き、他の皆はシュンヤの背後にいたからであった。

***

やがて、トラシーウィザードとクロを除いた面々は、目的地へと辿り着いた。
大きなビルを見つめ口角を上げたシュンヤを、Dr.バルチャーは見逃さなかった。けれども指摘はしなかった。

「それで……どこから入ればいいんでしょう?」

「ドアを壊せば……」

「ア、ジャあ簡単デす」

エリクシルがその身から大量の武器を取り出すと、壁へと一斉に攻撃を始めた。
壁は普通の造りだったようで、あっさりと穴が空いた。

「開きマシた」

「そう……でござんすね……」

その傍らで、シュンヤが目を閉じていた。一回指を鳴らすと、また、少しだけ口角を上げた。
目を開けたシュンヤは、先程までと変わらないように見えた。

「……まぁ、行くしかありませんよね」

「…………」

「エリ? 何かあったのでござんす?」

「エ? あ……ナンでもないヨ!」

エリクシルがぎこちない笑顔で返事をすると、シュンヤの口がまた、少し笑みを形どる。

「あの……シュンヤさん」

「え? あ、なんでしょうか?」

「先ほどから何を笑ってありんすか?」

「いえ、笑ってませんけど」

「そう……でござんすか」

笑っていないと言ったシュンヤは、確かに今は笑ってはいなかった。けれども指摘されハッとしたシュンヤの様子は、笑っていたことの裏付けかもしれなかった。