【01】
巡って来た招待状
「ん…… 」
朝の静けさの中、ふっと意識が浮上する。毎晩目覚ましのセットは欠かさないが、鳴る前に起きるのが常だった。今日もまた、役目を果たせないままの目覚ましを止めて、シュンヤの一日が始まった。
日曜日である今日は、早く起きなければいけないわけではない。習慣というものは一度身につけると中々変えることは難しいと言われるが、シュンヤも例外ではなかった。概ね伯父・伯母よりも早く起きるシュンヤは、彼らの代わりにポストまで郵便物の確認に行く。普段、自分宛の手紙は大学受験の案内や、成人式に着る物の広告など、普通に身の丈にあったものだ。
けれど、今朝は一通、別の手紙が届いていた。
「『Mine Funeral 総合管理委員会』…… ?」
見るからに、怪しげな手紙ではあった。一瞬捨てようと思ったものの、そういう手
紙が届くであろう心当たりがあったため数秒後に考えを変え、自室に持ち帰りその手
紙を開封した。
手紙の内容はこうだった。
―― この度は、「Mine Funeral 」への参加権を取得いただきましたこと、誠にお悔やみ 申し上げます。 つきましては、同封の書類の参加証明書に、参加もしくは不参加に丸をご記入の上、 白色の皿をご用意いただき、風通しの良く煙が高く上がる場所にて、その皿の上で手 紙を燃やしていただければ参加証明を受理させていただきます。
尚、不参加をご選択いただきました場合は、あなたの無難な人生をお約束します。
Mine Funeral に関しての説明は、同封のガイドブックをご覧ください。
Mine Funeral総合管理委員会会長――
シュンヤは正直、悩んだ。そう、ガイドブックを読んでさえも、切り捨てることができないでいた。
「誰にも相談するな…… とは書かれてないな…… 、期限も書かれてねえし…… 」
そう呟き、もう一度読み直してその解釈が合っていることを確認すると、件の手紙を入れた鞄を持って幼馴染の家に向かった。
「…… で、シュンヤは私に何を相談したいのかな?」
その幼馴染であるコハネは、不可解そうにシュンヤに問う。無理もない、いきなりこんな手紙を見せられたら、誰だって怪訝な顔になるだろう。予想の範囲内の反応に、シュンヤは淡々と相談内容を告げる。
「だから、この大会に参加すべきか否か、って話」
「私ならぜっっっったいに!!!!参加しない!!!!」
「そんなに力強く言うことか?」
「大体、あんたも何でこれに参加しようか迷ってるのよ、普通なら全力で無視でしょ」
「そ…… それは…… 」
歯切れの悪いシュンヤに、コハネが不思議そうな目を向ける。コハネになら見せてもいいだろうかと考え、口を開いた。
「コッちゃん、誰にも言わない?」
「あぁ?言わない、言わないから迷う理由言って」
返事を聞いたシュンヤは立ち上がり、一回深呼吸をした。片手を前のほうに掲げると、意識をある一点に集中させた。
不思議そうにシュンヤを見つめていたコハネの視界で、本棚に入れていた本がふわりと宙を舞った。まるで見えない手がジャグリングをしているかのように、空中で本が回る。
しばらく円を描いた本は、出てきた時と同じようにそうっと本棚に戻っていった。
「シュンヤ…… これ…… 」
「この『Mine Funeral 』の参加権を俺が得てしまった理由…… これじゃないかな?」
「なるほどね、それでシュンヤはどうしたいの?」
「俺は…… 正直参加したくはないよ」
シュンヤの言葉を耳にしたコハネの顔が一瞬明るくなる。現状渡した情報では、あくまでも反対派のようであった。
「だったら…… 」
「でも、ガイドブックにこう書かれているんだ―― 『優勝者はどんな悲惨な運命でも、その過去・現在・未来を変えることができる』って」
「胡散臭すぎ…… で、これって一体なんなの?」
「簡単に言うと、バトルトーナメント…… かな」
「バトルトーナメント!?そんな危ない大会に!?」
声量が大きくなるコハネに、シュンヤは宥めるように、嘘ではない言葉を重ねた。
「危ないかどうかは分かんないよ、命の保証がないとはいえ必ず死ぬとも書いてないし」
「でもさ、危ないよ」
「…… しばらく考えるよ」
「シュンヤ!!」
「はい」
「私は参加しないで欲しいな」
コハネがシュンヤの手をぎゅっと握りそう告げると、シュンヤは困ったような表情を浮かべた。
***
数時間後、夕陽で赤く染まる道をシュンヤが行く当てもなくふらふら出歩いていると、目の前に黒い影が立ちはだかった。真っ黒な燕尾服に、鳥の顔をかたどった白色の仮面。
明らかに怪しいとしか感想の出ないその人の正面で、シュンヤは様子を伺うようにその人物を凝視していた。
「黒瀬俊也様ですね?」
「は…… はいっ」
いきなりフルネームを呼ばれると思わず少し上擦った声で返事をすれば、その影は単刀直入に尋ねてきた。
「『Mine Funeral 』の件ですが、どうなさいますか?」
「どうと言われても…… その前にあなた何者なんですか?見るからに怪しすぎて話をする気も起きないのですが」
「あぁ、今は『Mine Funeral 運営の関係者』程度に思ってくだされば問題ありません、不参加でしたらもう会うこともありませんし」
「はぁ…… ?えっと…… 、では『Mine Funeral 』の件ってどういうことですか?」
「参加するか否かの意思表示に関してです。あなた、紙を燃やしていないどころか、記入すら終わっていませんよね?」
「え?これってそんなに早く決めなきゃならないものなんですか?」
「いえ、ただご主人が急かすもので。他の皆さんは即決なさる方が多いようでしてね。とは言え、この件をいたずらだと考え無視をし続け、案内人につきまとわれるケースもありますが。そうはなりたくないでしょう?私もそこまでしたくはないですし」
「はぁ…… ?」
どうにも納得がいかないといった相槌を返したシュンヤに、黒い影は畳み掛けるように再度問うた。
「シュンヤ様、参加、どうなさいますか?」
「…… まだ考えてます」
シュンヤがそう言ってその場から立ち去ろうとした瞬間、仮面の男は何ともなしに呟いた。
「運命を、変えたくはありませんか?」
「え?」
シュンヤが数歩進めていた足を止め、黒い男に振り返る。聞く耳をようやく持ったシュンヤに、男は言葉を連ねた。
「人というものは、天界で定められた運命をなぞって生きているものです。けれどそんな人生はつまらない、そう思いませんか?」
「別に…… 」
「そうですか。では、やり直したいことや取り消したいことはございませんか?」
「へ?」
「例えば『もっと頭がよければ』だとか、『あの時告白しなければ』など、何でも構いません」
「…… 」
「ゲームに勝てば、全ての運命をリセットしてやり直すことも可能です」
淡々と重なっていく言葉に、シュンヤは拳を握った。重い口を開いて、それでも明確な意思で、告げる。
「…… 参加…… します」
「そうですか、ではお手持ちの案内通りにお願いします」
「…… はい」
シュンヤが真っ直ぐに仮面の男を見つめた。その意思の揺るがなさを示すような視線だった。一方黒い男は一つ用が終わったとばかりに話題を変えた。
「あぁ、申し遅れました。私、バトラーと申します。まあ大会開始までは案内人とでも思っておいてください」
バトラーと名乗った男はシュンヤの首にかかっているヘッドホンと同じようなものを身に着けたが、クラスメイトに噂が広まっていることだし単に専属の証だろう。
会話が途切れ、相手も話す気配がないので完全に用は済んだのだろうと解釈して、シュンヤは一直線にコハネの家へと向かった。
「シュンヤ?どうしたの?」
「コッちゃん、これ、この大会参加することにした」
「…… そっか」
そう呟くと、コハネはシュンヤの肩を思い切り叩いた。コハネの突然の行動に、勿論シュンヤはそれを受けるしかない。
「痛ッ!!」
「やれば出来るじゃん!自分で選択!!あんた昔から私に頼ってばっかりだったけど、やっっっっと自分で決定できたね!!」
「でも…… 」
口ごもるシュンヤの胸に、コハネは軽く拳を当てた。健闘を祈るように、無事を願うように、言う。
「しっかりやんなよ、シュンヤ」
「…… はい」
「あ、これは餞別。持って行ってよ」
コハネは身に付けていた翼の形を模した笛のペンダントを、シュンヤに確かに手渡した。
「えぇ!?でもこれコッちゃんの宝物だよね?受け取れないよ」
「だから受け取れって言ってるの。私の大切な大切な宝物をあんたは持って行くんだから、絶対怪我なんかしないし絶対に生きて帰ってこれるの」
「あ…… ありがとうございます」
「そうそう、ありがたーく頂戴しなさい!」
コハネがここぞとばかりにウィンクをすると、シュンヤもその顔を見て微笑み、肩の力を抜いた。
自宅に戻ったシュンヤは、参加証明書の参加の欄に丸を付け、白い皿を用意し、指示通りに煙の高く上がる場所でそれを燃やした。