【09】
再会した二人組
「やぁ、こんにちは」
絵筆を探すトラシーウィザードとクロの耳に、挨拶と思わしき声が届く。二人がその声に振り向くと、銀色の髪をした赤いスーツ姿の青年が立っていた。髪と眼帯で半分以上顔が分からない男だ。
「えっと……こんにちは」
「君たちも参加者なんだよね? はじめまして、俺はトリックスター」
「『トリックスター』? 神話において悪戯好きの二面性を持つ人物のことを指す?」
「そうだよ、それが何?」
「ずいぶんと変な名前だな」
「ふふっ、芸名だからね……君たちの名前は?」
「えっと、私はクロ、でこっちがトラシーウィザード」
トリックスターと名乗った男は、それを聞いて口元だけで軽く笑った。
「毒を吐いた割には、君もつまらない魔法使いなんて変な名前じゃないか」
「良いんだよ、ボクは本当につまらない人間だから」
「ふーん……、まぁいいけど」
「で、トリックスター……だっけ? 何か用?」
「あぁ! そうだった!! クラウンヘッドっていう子を探してるんだ」
「クラウンヘッド?」
「ああ! こんな子だよ!!」
トリックスターが懐から取り出したノートに描かれていたものは、見る者のほとんどが首を傾げるであろうタッチのイラストで、到底人探しが出来るようなものではなかった。
「うわー……」
「あー……これだとちょっと人探しは難しいと思うよ……」
「え? そうなの? 自信作なんだけどなー……」
「どう見てもモンスターだろ……」
素直な反応をするトラシーウィザードの隣で、苦笑いを隠しきれないクロが呟いた。
「うーん……。私似顔絵描けるから、描くものがあれば描いたんだけどな……」
「本当に? 俺、ペンも今持ってるからお願いしても良いかな?」
「もちろんいいよ! じゃあその子の特徴言ってくれる?」
トリックスターがノートとどこからか出したカラーペンをクロに手渡し、特徴を話し始める。一方で、トラシーウィザードが耳に手を当て目を閉じたポーズでその話を聞き流す。
「テンションが高くて背は低めで、ジャグリングが得意で」
「えーっと、外見的な特徴を」
「あ、そっか。あのね、水色の長い髪を二つ結びにしてて、黄色とオレンジの服を着てるよ。帽子もそうかな? 前髪で目が隠れてて」
「こんな感じ?」
クロが描き直した絵をトリックスターに見せる。その絵はそっくりだったらしく、トリックスターがテンション高く絵を指す。
「そうそう、こんな子だよこんな子!」
「ごめん、見てない……、あれ? ユキちゃん?」
「ただいま、この子でしょ?」
トラシーウィザードが箒の後ろに乗せていたのは、絵に描かれた人物と瓜二つの女の子だった。
「クラウンヘッド!!」
「トリックスター!!」
二人は再会を喜んだ。箒から降り駆け寄るクラウンヘッドを、トリックスターはひしと抱き留める。
「ユキちゃん? どうやって……」
「風の魔法で音をここまで運んでもらった。ずっとトリックスターのこと呼んでたみたいだったからな、しかもその似顔絵そっくりだったし」
「魔法ってすごいね」
「万能じゃねえけどな」
そう呟くと、ため息をついた。時間のロスである。
「で、絵筆探し行くよ」
「あ、うん」
「絵筆? これのこと?」
クラウンヘッドが筆を差し出した。まさしくクロの絵筆であった。
「あぁ! これこれ!! ありがとう!!」
「お礼を言うのはみーの方だよ」
クラウンヘッドが前歯を見せて笑った。
「――対戦相手として良い人も見つかったしね」
その笑顔のまま、クラウンヘッドはクラブを取り出しそれを構えた。
「え?」
「? だってここはそーゆー場所でしょ? 誰か一人になるまで戦いは終わらないんだよ! なに仲良しごっこなんてやってんの?」
「あー……。そういう展開か」
「うん! そぉいう展開だよ!!」
「今すぐダッシュで逃げ出して逃がしてくれる相手……」
「なわけないじゃん!!」
「だよなー……。あのさ、棗って攻撃型? 防御型?」
「どちらかというと防御」
「奇遇だな……、ボクもだ」
箒を構え警戒しながらトラシーウィザードが言った。その様子を見たクラウンヘッドが相変わらずの笑顔で言う。
「箒、武器なんだぁ! しかも結構上質だね! ってことはゆー、結構魔力の高い魔法使いなんだね! んー……、もしかして氷の王子様?」
「なっ……なんでそれを?」
「え? 本当にそうだったの? じゃあ、ゆーはアイスミストさんかぁ」
「鎌かけられたね」
「どういうこと?」
「相手に上手くしゃべらせて必要な情報を聞き出すって意味」
「え? じゃあだまされた!?」
「そういうこと、って言うかユキちゃん王子だったんだ。道理で世間知らずなわけだ」
「なっ……!! 王子全員が世間知らずって思うなよ!! たまたまボクが」
「はいはい分かりました」
「ゆーを殺すのはもったいないから、敗北ぐらいにしておいてあげる!」
「くっ……」
トラシーウィザードがトリックスターを気にしながらクロに言う。
「棗、殺すまで行かないにしろ何とかして勝つぞ!」
「ユキちゃん! それより工場だよ工場!! シュンヤ達が待ってる!!」
「わっ!! バカ!!」
「工場ね……、あそこか……。じゃあこっちは任せて行ってくれる? クラウンヘッド」
「うん、分かった」
「とにかくあっちはシュンヤたちに任せて何とかしねえと……。あいつなら大丈夫だと思うけど……。――棗、」
「な……何?」
「最悪ボク殺して逃げろ、そうすりゃまだ勝ち目はある」
「え!? そんなの無理!!」
「まぁ待て、それは最悪の場合だ。ボクも生き残る努力はする……」
「……うん」
「よし、行くぞ……!」
トラシーウィザードが氷で作った槍を放つ。トリックスターはそれを避ける素振りも見せず、彼の腹部に刺さった。
トリックスターが軽く口から血を吐くのを、トラシーウィザードが青い顔で見ていた。
「ウソだろ……? なんで……、ボクは……また人を、」
「……どうしたんだい? トラシー君」
「え?」
トリックスターが自ら腹部の槍を抜き地面に捨てる。先程まで槍の刺さっていたその腹部には傷跡一つ残っていない。トラシーウィザードが一つの可能性に気づき息を飲む。
「……やばい……! こいつは殺せない……」