【12】
大会の裏側
時は少し遡る。エリクシルが開いた道を通り、シュンヤたちは建物の中に入った。煙が抜け周りが見えるようになると、そこには工場とは思えない光景が広がっていた。
「え……? な……何これ……?」
「わっちには病院に見えんす」
「病院……?」
「はい、通路の両側に並ぶ部屋、薬品の匂い、特徴的な白い空間……、前にわっちの働いていた病院そっくりでありんす」
シュンヤとDr.バルチャーが話している隣で、エリクシルが小刻みに震え出す。
「エリクシル……?」
「ワ……たし……、知っテる……」
「え?」
「コこ……シってル」
「知ってる?」
「わタシ……ここかラ逃げテきた……」
「え? ここから逃げてきたって……?」
「よク思イ出せナいケド……、ここニいた気ガする」
「あの……これなんだと思いんすかぇ?」
シュンヤがエリクシルの言葉を聞いているうちに、周りを見ていたDr.バルチャーが言う。彼女が指した機械には、ゲーム参加者全員のプロフィールと勝率が表示されるようだった。カタカタとそれをいじっているDr.バルチャーの隣で、それを見ていたシュンヤが何かに気づいたように言う。
「ねぇ、これ勝率が20%を下回ってると表示がグレーになってますよ……」
「敗北といわす事でありんすか?」
「多分」
「あレ……、ジャクリーン……?」
エリクシルがパネルの一つを指差した。
そこにはグレーで表示されたジャクリーンのプロフィールが載っていた。
「ジャクリーン……もしかして……」
「そういえば、ペナルティってなんでありんしょう?」
「それは、こういうことだよ」
「ブレー……ズ……!?」
突然知り合いの声がして、そして彼の格好を見て、シュンヤが驚きの声を上げた。
袖から伸びる腕、足、そして捲った腹など、いくつもの縫い跡のついたブレーズがそこに立っていた。
「それどういう事ですか!?」
「どういう事もこういう事も……。これだよ、勝率が20%を下回ると、問答無用でここに連れてこられて、モルモットにされるってわけだ」
「な……なんてことでありんしょう」
「でも何でここにいるんですか?」
「お前らの姿が見えたから、ちょっと隙をついて逃げてきた。他の二人がどうなったかは俺にはさっぱり……」
「そ……うですか……」
「生きていようが死んでいようがお構いなし、どうやら主催者は能力採取とモルモット収集を目的としていたらしいな」
「え!?」
「悪い、俺もここまでしかわかんねぇわ」
「そうですか……」
「なぁ、もし大会を棄権して逃げ出せるんなら今すぐ逃げろ」
「ナンでですか!?」
「この大会の敗者の結果がこれだからな……、もしかしたら願いが叶わないかも知れねえ」
「そんな……」
「……じきに追っ手が来るから、早く逃げろよ。俺はもう逃げられないからさ」
「あの……、キンバリーさんの居場所はまことに知りんせんでありんすか? 以前助けてくだすったので、心配で……」
「ごめんね……。でも多分、この施設のどこかにいるよ」
ブレーズが落ち込んだ様子のDr.バルチャーの頭を撫で、また小さく、ごめんねと言った。
画面を見つめ続けていたシュンヤが、クロとトラシーウィザードのプロフィールを見つけた。すると、75%だったトラシーウィザードの勝率が下がる。
その瞬間、その場に響く爆発音。
「み~つっけた~」
「あなたは……?」
「みーはクラウンヘッド! シュンヤってどの子? どう見てもゆーだよね?」
「だ……だったらなんですか?」
クラウンヘッドがクラブを構える。どうやらそれが答えらしい。シュンヤはクラウンヘッドを警戒しながら辺りを見渡す。しかし。
「……清潔すぎて持ち上げられそうなものが無い……」
「スキありっ!!」
クラウンヘッドがボールのようにシュンヤに飛びかかる。ギリギリのところでシュンヤがそれを避けると、クラウンヘッドが不満とばかりに頬を膨らませ、地団駄を踏んだ。
「避けないでよー! みーはトリックスターのために全力でやんなきゃなんないのにさー」
「え?」
「シュンヤさん」
Dr.バルチャーがシュンヤに呼びかける。その手には怪しげな薬品が握られている。
「はい?」
「息を……しないでくんなまし」
そう告げるとそのビンをクラウンヘッドに投げつけた。中身の液体がすぐに気体と化し、クラウンヘッドの周りに充満する。その隙にと後退してきたシュンヤが、Dr.バルチャーに訊ねた。
「これ何!?」
「睡眠薬です、吸ったら眠ってしまいんすよ」
Dr.バルチャーが微笑みながら答える。そこにクラウンヘッドが殴りかかった。
「キャァッ!!」
「ドクター!!」
「もーっ! みーがこんなことで眠っちゃうわけ無いでしょ? みーは、トリックスターの命令がなかったら眠らないの! 分かる?」
「そ……そんな事が可能なんですか?」
「可能も何も、トリックスターのためだったらみーはそれぐらい出来ちゃうの!」
「そんな人間離れした……」
「だって、みーは人間扱いされたこと無いもん」
クラウンヘッドの前髪が揺れた。その隙間から伺えた顔を見て、Dr.バルチャーが告げた。
「単眼症……でありんすね?」
「ピンポーン! この目のせいでみーはいっつもバケモノ扱いされたんだ!」
見せつけるように前髪を上げたクラウンヘッドが、シュンヤのほうを向く。そこには真ん中に一つだけ、大きな赤い目が存在していた。
「じゃあ、あなたはその目を治すために……?」
「もー! そんなつまんないことでこの大会に出たりしないよ!!」
「え?」
「みーの願いはトリックスターの願いをかなえること!」
「……トリックスターの?」
クラウンヘッドの願いを聞き、シュンヤは首を傾げた。
「うん、トリックスターはマジックに失敗して観客の服を焦がしてそれで……あんなことになっちゃったからこの大会でも不利な状況下におかれたんだ」
「……」
「そんな理不尽、みーが許さない!!」
「理不尽なのはどっちだよ」
シュンヤはそう呟くと、重そうな機械やビンを宙に浮かせた。
「なっ……!? なんで!? 見た感じすごい頑丈に固定されてたのに!?」
「え~? 俺がいつ持ち上げられないなんて言ったの? あーあ、あのキャラ演じるのも、楽じゃないね〜」
不気味な微笑を浮かべながらシュンヤは続けた。
「さっきの話ってさぁ、所詮は自分のミスが原因なんじゃん? 自分の不注意じゃん? じゃあ自分の責任でしょ? 有利であれ不利であれね」
「でも」
「でもじゃないよ。こっちはさ……、遊びで両親殺されて!! その後伯父伯母にこき使われて!! その上周りからいじめられて!! それでも理不尽だなんて嘆かないで生きてきたんだよ!!」
「っ!!」
一瞬ひるんだクラウンヘッドの脳天に、シュンヤは思い切り薬品ビンや見るからに重いであろう機械を叩きつけた。クラウンヘッドはその下敷きになり、データを映す機械と共に、それに表示されているクラウンヘッドのアイコンが揺れる。
「あの……シュンヤさ……」
「すいません……お見苦しいところをお見せして……。けれど、嫌な予感がするので俺は二人を探しに行きます。お二人は」
「わ……わっちはもう少しここを調べたいでありんす、だからもう少しここに残りんす」
「はい、分かりました」
シュンヤはそう言い残すと、エリクシルが空けた穴から出て行った。
「ドクター? どうしタの?」
「……大丈夫でありんす。ただちょっと、考えごとをしていたんでありんす」