【08】
記憶の映画館
「はぁ~い! ここにたどり着けたラッキーなボーイ&ガール、これは大チャンスですよ!!」
「はぁ……」
クロとトラシーウィザードは明らかに不可解そうな表情でテンションの高いバトラーを見つめる。
自分たちは絵筆を探して路地裏に入っていったはず。なぜこのようなイルミネーションで飾られた扉の前でバトラーに呼び止められなければならないのか。困惑の極みである。そんな二人をあざ笑うかのように『Memory Cinema』と書かれた電球看板は点滅を続ける。
「悪いけどボク達探し物があって、先急いでるから」
「おぉ~っと、このチャンスを無駄にするのですか? もったいないですね~」
「えーっとじゃあ……、念のため聞くけどチャンスって何?」
バトラーは一瞬笑った。実際はペストマスクで表情などは分からないが、それを通してさえ、笑ったと確信できる何かがあった。
「ななな、なんと! あなた方の人生を提供する代わりに、他の方の人生を閲覧することが出来ます!!」
「……は?」
「今ならドリンク、ポップコーン、フライドポテトにナチョス、お食事ならホットドッグもサービスしておきますよ! さぁさぁ、いかがですか!?」
「えーっと……今お腹いっぱいだから……。ところであんたは誰のバトラー……?」
「おっと、自己紹介が遅れました、私、『記憶の映画館の館長』のバトラーとなっております。強いて言うなら主催者のバトラーですね」
「なるほどね、で、人生を閲覧できるって?」
「はい! 例えばあなたの人生を三年分の記録を提供いただき、他の方があなたの人生を見られるようにしますと、他の方の人生を三年分見ることが出来るのです。ここは等価交換ですからね」
「えっ!?」
クロがぎょっとしたような表情を浮かべる。一方トラシーウィザードが一息つくために煙草に火をつけ深く吸うと、煙を吐きながら問いかける。
「誰の人生でも見ることが出来るの?」
「はい、もちろんです」
「じゃあ、『狼』でも?」
一瞬、空気が凍る。クロは何の話か分からないとバトラーとトラシーウィザードを交互に見つめる。
「あぁ、あなたは秘密をお持ちのようですね。ですが、最低でも偽名が分からなければ……」
そこまで言うとバトラーはトラシーウィザードをまじまじと見つめ、次の言葉に続けた。
「おやおや! あなたはずいぶんと哀れな運命をお持ちのようですね! あなたの人生の惨めさに免じて、特別にその条件でお見せしましょう!」
「話が分かるじゃねぇか」
「た・だ・し、狼の名前は伏せさせていただきます。それと容姿もあなたの記憶の中の人物で置き換えさせていただきます。でないとフェアじゃありませんからね」
「……」
「いかがいたします?」
「……分かった、ただ同情ついでのサービスで、あいつが狼になった部分を中心にボクの人生の十三年分提供させてくれないか?」
「やれやれ、これだから王族の方は強欲で困りますね。まぁ、良いとしましょう。特別ですよ、冥途の土産にでもしてください」
「ハッ、上等だ、冥途の土産になんかしてやらないから覚悟しろ」
「それで」
バトラーがクロを見つめる。
「あなたはどうなさいますか?」
「えっ……? 私……?」
クロは何かを思い出すように地面を見つめる。
「私はやめておく。だって人の過去覗くようなの、失礼じゃない?」
「やれやれ、虚栄心の強いお方だ。吐き出した方が楽になるでしょうに、そのコールタールのようなドロドロとした嫉妬心。他人の不幸、お好きでしょう?」
「!」
クロが鋭い視線をバトラーに向けると同時に、トラシーが箒の先端をバトラーに向ける。
「どうしようと棗の勝手だろ、それ以上言ったらボクが許さない」
「あぁ、これは失礼しました。それではどうぞ」
バトラーが扉を指さす。トラシーウィザードがクロに言う。
「すまん、流れで勝手に入るって決めちまって……。悪いけど、この辺一人で探してくれない?」
「分かった、何か分かったら教えてね。それは別に禁止してないでしょ?」
クロがバトラーを睨みながら言う。
「まぁ、秘密をばらさない程度には良いでしょう。他人の過去をばらしてはいけないルールなどございませんから、――現実と同じように」
「じゃ、行ってくる」
「うん」
トラシーウィザードが扉の中に入る。扉の中で出迎えたバトラーは先ほどのバトラーと違い、トラシーウィザードとおそろいの帽子をかぶっていた。自分のバトラーだと確信したトラシーウィザードが質問を投げかける。
「なんであんたがここに……?」
「記憶の映画館は人手不足でして、担当バトラーが案内することになっているんですよ」
「なるほどなー……」
バトラーに案内され部屋にたどり着くと、バトラーが古い映写機にフィルムをセットし、上映の準備を始めた。
「それは?」
「人の記憶を写す機械ですよ、ご主人様はアンティークがお好きなのでこのようなレトロなデザインですが、しっかり動くのでご安心ください」
「えっと……、ボクの記憶もこのフィルムになるの?」
「はい、と言うよりここに入った時点で記憶から作成させていただきました。こちらがあなたのフィルムです」
「へぇ……」
トラシーウィザードが自分の名前の刻まれたフィルムをまじまじと見つめる。
「不愉快でしたか?」
「……いや、どんなきっかけや形であれ、自分が生きた証が残ってなんか安心しただけだよ」
「そうですか、では上映を始めますよ」
「……うん」
バトラーが映写機のスイッチを入れる。一瞬の瞬きの後、あたりには見慣れない光景が広がっていた。
「これは……科学の発展した世界か? この建築物は……ヨーロッパってやつか?」
「お詳しいのですね」
「あぁ、SF小説の挿絵で見たことがあって……ってうわっ! ……なんでお前がここに? この映像、ボク一人で見るわけじゃなかったの?」
「あー、世界が変わると分かりにくいかと思い案内役としてやってきました」
「あ……そう……。とりあえず狼がボクと別の世界の人間ってのは安心したよ」
「なぜですか?」
「本名を知られるって言うのは、魔法使いにとっては死に至る呪いをかけられても文句は言えないからな」
「棗さんには教えてましたね」
「うるせぇ、とっさに出ちまったんだよ」
「あ、始まりますよ」
『見世物小屋』と書かれた屋敷の前に子供が置き去りにされる。トラシーウィザードにとって、その容姿はあまりにも身近な人物で、声を荒げる。
「兄さん……!?」
「いえ、あれは狼ですよ。あなたの中で最も印象深かった方の容姿に置き換えられているだけで」
「……ハハッ……きついなこれ……」
「十三年分ですよ、覚悟してかかってください」
「……分かった、最後まで見届ける」
見世物小屋に売られた子供は、受けた仕打ちに逆らうと徹底的な暴力と恐怖で支配され、やがて抵抗しなくなった。
そんなある日、見世物小屋に新たな子供がやってくる。その姿にトラシーウィザードがあきれたような声を出す。
「えぇー……、新入りの容姿がどう見てもボクなんだけど。これはそれほど狼にとって親しい子がいたって解釈で良いのかな?」
「はい、その方が感情移入しやすいでしょう?」
「同情してやりづらくなるだろうが……」
「あぁ、あなたお兄様と喧嘩したままでしたね」
「わざわざ言うな、罪悪感で吐血しそうなんだけど」
「シャレにならないこと言わないでください、誰が掃除すると思ってるんですか」
「あ、心配するのそこなんだ」
トラシーウィザードが再度二人を見つめる。どれほど傷つけられても、二人は支えあって生きていた。ある日、兄の容姿を持った人物が自分の容姿を持った人物に言う。
『ここにいたらいずれ殺される、俺と一緒に逃げよう』
『うん』
そういうと二人は隙を見て客の落としたマッチで見世物小屋に火をつけ、炎に紛れてその場を逃げ出した。
見世物小屋が燃え尽きる頃、走り疲れ気を失った二人を見知らぬ青年が抱きかかえ、サーカスのテントに連れてゆく。
「重要人物以外はそのままなのか?」
「はい、あの方をあなたが知ったところであなたに有利に働くことなど何もありませんから」
「だよね」
予想通りだと言わんばかりに軽く返事をしたトラシーウィザードは、独り言のように疑問を口にする。
「……にしても、あんなに幸せそうなのに何で殺人を……?」
「用意された運命の歯車は、突然暴走する物なんですよ」
「……、そう……」
トラシーウィザードが続きを見る。
『この町は私にとって思い出の町なんだ』
『思い出の町?』
『あぁ、初めてサーカスが満席になったのがこの町での出来事なんだ』
『座長! また満席にしましょうよ!』
『はは、あぁそうだね。満席目指して頑張ろう』
着々と準備を進め迎えた公演の日。兄の容姿を持った人物が火を使った手品を披露するが、火力の量を、はたまた火を放つ向きを間違えたのか、客の一人のドレスが焦げてしまう。
『キャアアアア!!!』
『お客様! 大丈夫でしょうか?』
『大丈夫じゃないわよ! これお気に入りのドレスだったのよ!!』
『なんてことをするんだ! こんなサーカスは今すぐ町から出ていけ!!』
『そんな……、すみません! ドレスは弁償しますし治療費もお支払いしますから、どうか公演は続けさせてください!』
『お前はこの町長に歯向かうというのか!』
兄の容姿の人物が町長を名乗る男に頬を殴られる。
その顔を見た町長が顔をこわばらせるが、すぐにまた大声で怒鳴りつける。容姿の事も言っているようだが肝心な部分は聞き取れない。
『もう良いんだよ、×××××……。分かりました、今夜中には出ていきます』
『座長……』
兄の容姿の人物が戸惑ったような表情を浮かべる。座長が公演中止のあいさつを行い、この公演は幕を閉じた。サーカスが撤収の準備をする中、兄の容姿をした人物が自分の容姿をした人物に言う。
『俺謝ってくる。誠心誠意の謝罪をすれば、俺がクビになるだけでサーカス自体は続けられるかもしれない』
『でも……』
『大丈夫、きっと気持ちは伝わるから』
兄の容姿を持った人物が、町長の家へ出向き謝罪の言葉を告げる。必死に頭を下げる兄の容姿の人物に花瓶の水がかけられると同時に、あたりから笑い声が沸き上がる。
それを聞き続ける彼の肩が震えると同時に、足元に小さな炎が出現する。
『ドレスなどまた買えばよいでしょう……。それだけの財力があるのですから……俺たちは……俺たちは……、』
『何を言うか! 「娘のお気に入りのドレス」だったんだぞ! まぁ、明日には飽きていただろうがな!』
『俺たちはただ公演が出来ればそれで良かったんだ……。あなた方は見に来なければ良いだけというのに……』
徐々に炎が大きくなっていく。何かを察したトラシーウィザードが絞るように声を出す。
「……ダメだ……、その力を使っちゃだめだ!!」
「……これは過去の出来事です。もう変えようが無いのです、この大会で勝たない限りは……」
「そんな……! でも!!」
「同情なんかやめてくれない? これは俺が選んだ道なんだけど」
「え?」
トラシーウィザードが振り返る。そこにはアンティークな電話を抱え、その受話器をこちらに向けるバトラーがいた。受話器から先ほどと同じく、声だけが聞こえる。
「あぁごめんね、バトラーに頼んで通話だけさせてもらってるんだ。で、俺はあの水色の髪のやつの本来の姿な」
「兄さんのポジションの人……、つまり狼か……」
「そういうこと。あんなやつら、死んで当然なんだ。俺は後悔なんかしてないし、この運命を変えたいなんて思ってない」
「人殺しが正当化されてたまるか!!」
「お前だってこの世界で人を殺しただろ。お前の十三年間、俺は見てきたぞ」
「あれは魔力が暴走して」
「それでも殺したことには変わりない、俺とお前は同罪だ」
「……、反論出来ないな……」
「おいおい言い返せよ、張り合い甲斐がねぇな」
「……」
「……それより最後まで見届けろよ、俺の人生」
「あ……うん……」
トラシーウィザードが無言で続きを見る。
狼が炎を扉に放ち、出口を塞いだ上で炎を纏いながら町長に近づき、町長につかみかかる。炎は町長を包み、やがて屋敷全体を燃やし始めた。
燃え盛る屋敷に自分の容姿を持った人物が到着すると同時に狼が屋敷から出てくる。自分の容姿を持った人物の前に膝をつくと兄の容姿を持った人物が嗚咽を上げながら泣き出す。
『違う……違うんだ、殺す気なんてなかった! ただこの町で……座長の思い出の町で公演が出来ればよかっただけなんだ……。もう一座には戻れない……どうしよう……どうしよう……!』
『……大丈夫、××はずっと×××××の味方だよ。だから安心して……ね……!』
そこで映像は途切れ、再び一瞬の瞬きの後元の世界に戻る。
「お疲れさまでした、お出口はあちらです……、トラシー様?」
両目からこぼれる涙を拭うとトラシーウィザードが顔を上げる。
「大丈夫、ただちょっと……覚悟を決めるのに時間は欲しくなったけど……」
「そうですか」
「……あ、そう言えば上映時間は? まさか十三年とか言わないよね」
「ご安心ください、現実世界では一時間ほどしか経っていないので」
「……そっか」
トラシーウィザードが重い足取りで出口へと向かう。
「おかえりなさいませ」
記憶の映画館の館長のバトラーが明るく声をかける。
「……ただいま」
「いかがでしたか?」
「……知らなきゃ良かった」
「……お相手もそう言ってましたよ」
「え? それって」
「あ、ユキちゃんが戻ってくるのが先だったかー、何か分かった?」
トラシーウィザードがクロを見つめ、数秒考えたのち言った。
「……倒さなきゃなんないの、人間だった」
そう返事をするトラシーウィザードを、陰から見つめる長い銀髪の人物も呟く。
「俺も君の過去は知りたくなかったなぁ。余命わずかな誘拐被害者の子供を殺さなきゃなんないのは酷って物だよ……」