旧天神橋
菅原神社南の橋から見た市野川下流(1955年頃)
(2018/12/15公開)
(2018/12/15公開)
※目印は撮影位置です
東松山市内の国道407号が市野川をまたぐところに「天神橋」という交差点があります。交差点のすぐ南の橋(片側2車線)が天神橋です。1955(昭和30)年当時、この天神橋を通る道路は存在していませんでした。国道407号も別ルートを通っていました。現在の天神橋の東(市野川の下流)約30mにもうひとつ小さな橋が架かっています。主に徒歩や自転車で渡るような狭い橋です。元々の天神橋はここにありました。こちらの橋を南側から渡ると正面に神社があります。菅原神社、通称「天神様」です。天神橋はまさに天神様に続く橋だったわけです。当時の道は、菅原神社前で右(東方向)に曲がっていて、その約2.5km東にある吉見観音へと続いていました。
しかし、この木製の橋が本当に当時の天神橋であるかどうかをこの写真から読み解くのは困難でした。川が右にカーブしているのはわかりますが、これといった建物も写っておらず、ありふれた里山の背景では見当の付けようもありません。また、2018年時点で、この橋からストリートビューも撮影されていませんのでネット上での比較もできません。それでも手がかりはこの写真の中に写っていたのです。
2018(平成30)年12月15日撮影。右にカーブしている川、背景の丘の形はよく似ています。しかし、それだけでは他にもありそうな風景に過ぎません。決定打となったのは両方の写真左上の白っぽい部分です。
白く見えているのは、岩粉山と言われる凝灰岩が露出している場所で、その一部は百穴射撃場になっています。
吉見百穴(サイト内リンク)は凝灰岩の斜面に多数の穴がある遺跡ですが、岩粉山については人の手が加わったものではありません。ただ、この写真でもわかるように露出した岩肌の景観が古くから見られたということです。(2018/12/15公開)
てんまのブログ(2013-07-03 狛牛 菅原神社 東松山市松山)
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