4世紀から5世紀 揚子江流域の住民の間で愛用される飲料となった。
荼の漢字(象形文字としての荼)が作られた。上部の草冠部分がくさをあらわす象形文字で下部 余は音を表す。
581年 文帝 随を建てる 589年 南朝の陳を滅ぼして中国統一を果たした。均田制、府兵制(徴兵制)、律令(律は刑法、令は行政法)を定め、租庸調を導入、科挙制度を創設した。
600年 第1回 遣隋使派遣 第2回607年小野妹子「日出る処の天子、書を日の没する処の天子に致す」の国書を持参 第3回608年 第4回614年
618年 随の2代目煬帝は大運河の完成をするが、3度の高句麗遠征失敗、権威失墜し各地で反乱が起き、殺害され随帝国は滅亡する。随末期に挙兵した李淵(高祖)は皇帝となり長安を都として唐を建てた。
630年 第1回 遣唐使派遣
729年 聖武天皇 奈良の御殿で100人の僧侶に茶を賜る
755年ー763年 安史(あんし)の乱 楊貴妃の楊一族を排除すると称して安禄山(あんろくざん)と史思明(ししめい)が反乱を起こし唐は混迷の時代へ入る。
758年頃 陸羽 茶経を表す「茶は南方の嘉木である」で始まる最古の茶の本 陸羽が茶を他の植物とは区別して「荼」から1本抜いた省略形の「茶」の文字を使うようになる。
781年 唐で商人の貨物に十分の一の課税をし更に要所に於いて出荷物(竹・木・茶・漆)の価格に対して10分の一税が課された。
793年 唐で、お茶に課税した。趙賛
804年 第17回 遣唐使 最澄、空海等派遣
空海の乗った船は8月に福州に漂着した。現地で海賊の疑いをかけられ50日間待機させられた。福州の長官への嘆願書が悪文悪筆でかえって嫌疑を招き、無名の留学僧だった空海が嘆願書を代筆したところ嫌疑が晴れた。
805年 最澄帰国 比叡山に茶を植える
805年4月 嵯峨天皇に大僧都永忠が手ずから茶を煎じ奉御す。
805年6月 嵯峨天皇は機内、近江、丹波、播磨等で茶を栽培して毎年献上するように命令する。
806年 空海帰国 唐より茶の種や茶托等を持ち帰る
795年-835年 盧仝(ろどう) 七碗茶詩 が有名 甘露の変835年 40歳の時 逮捕され殺害される。
835年 茶園の官営が断行され茶利の政府独占が江賊(江北を根拠地とする群盗)は、揚子江中・下流域の河岸に散在する草市を襲撃し略奪した財物を略奪した財物をこの地方の主要産物のお茶と交易し根拠地に持ち帰り販売した。江賊はいわば茶・塩の闇商人であり、塩賊・茶賊とよばれた。
845年 江賊(江北を根拠地とする群盗)は、揚子江中・下流域の河岸に散在する草市を襲撃し略奪した財物を略奪した財物をこの地方の主要産物のお茶と交易し根拠地に持ち帰り販売した。江賊はいわば茶・塩の闇商人であり、塩賊・茶賊とよばれた。
845年 『枕草子』(まくらのそうし)完成
907年 節度使の朱全忠が後梁を建国、300年近く続いた唐は滅亡し五代十国の時代を迎える
1156年 保元の乱 後白河天皇は平清盛、源義朝により、崇徳上皇を急襲、勝利する。
1159年 平治の乱 後白河天皇は平清盛を重用、不満を持った源義朝は清盛熊野参詣中にクーデターを起こし後白河上皇を幽閉するが、戻った清盛に討たれる。
1180年 6月 平清盛 福原へ遷都 《日宋貿易の拠点・大輪田泊おおわだのとまり》
1180年 8月 石橋山の合戦 源頼朝挙兵 石橋山で合戦 佐々木盛綱
1184年 1月 宇治川の戦い 佐々木高綱
1184年 12月 藤戸の渡し 佐々木盛綱
1191年 栄西帰国、背ぶり山へ茶を植える
1206年 明恵、後鳥羽上皇より栂尾の地を賜り高山寺を開く。
1214年 喫茶養生記 茶とともに、将軍源実朝に献上される。二日酔いの良薬として効能があり日本全国への茶の栽培を奨励することとなった。
1221年 承久の乱 鎌倉幕府の源氏の正統が途絶え北条氏が台頭すると後鳥羽上皇は北条義時追討の院宣を発する。 幕府軍の圧勝で終わる。
1279年 元が南宋を滅ぼす。
1281年 蒙古襲来
14世紀初め 明 鄭和(ていわ)の大遠征60隻2万人が乗組、寧波、ベトナム、アユタヤ、スラバヤ、カリカット、ホルムズ、アデン、メッカ、マリンディに遠征。
1357年 制庭訓往来 に 全国銘茶5場のひとつとして武蔵河越茶が掲載される
1401年 足利義満 明の皇帝に親書を送る
1404年 室町幕府と明(1368-1644)朝貢貿易開始 16世紀半ばまで続く 勘合貿易 倭寇
1429年 琉球王国建国
1452年 レオナルド・ダ・ビンチ 生 -1519年没 《ルネッサンス時代》
1467年 応仁の乱(1467-1477)京都は焦土と化し幕府の権威は失墜した
1479年 スペイン王国誕生
1497年~99年 ヴァスコ=ダ=ガマ インド航路発見 大航海時代 リスボン モザンビーク モンバサ マリンディ カリカット(マリンディ・カリカット間は既知)
1500年3月 インドに向けて出港したポルトガルの船団が貿易風に流されて南アメリカ大陸に流れ着く。その地はやがて生産される染料にちなんでブラジルの名で呼ばれるようになる
1502年 村田珠光(1423-1502)没
1507年 旅宿問答 に 武蔵野慈光茶が掲載される
1540年 千利休(当時は千宗易1522-1591)武野紹鴎(1502-1555)に弟子入り
1543年 鉄砲伝来
1548年 ポルトガル王室はブラジルに総督を配置し植民地経営に着手する。1560年代からブラジルの砂糖生産が軌道に乗り始め、砂糖産業は1670年代まで成長を続ける
1549年 ザビエル鹿児島に上陸。キリスト教を伝える
1581年 オランダ北部7州独立宣言
1582年 天正遣欧使節 4人の少年をローマ教皇のもとへ派遣
1585年10月7日 千宗易 正親町(おおぎまち)天皇より「利休」の号を授かる。天正13年 利休の本名は田中与四郎
1590年 豊臣秀吉 天下統一
1596年 サン・フェリペ号事件 スペインがキリスト教の布教を植民地拡大のために利用しているとの疑念発生
1610年 オランダ東インド会社船がヨーロッパに茶をもたらす。
1612年 禁教令(直轄領) 翌年全国に拡大 翌年キリスト教徒300人を国外追放
1614年 大阪冬の陣
1615年 大阪夏の陣
1616年 欧州船の入港地を平戸、長崎に限定
1622年 元和の大殉教 長崎で55人のキリスト教徒らが火刑、斬首された。
1623年 イギリスが日本から撤退した
1624年 スペイン船の来航を禁止した
1628年 権利の請願 イギリスでは絶対王政の専制政治をするチャールズ1世に対し議会(プロテスタント清教徒(ピューリタン)が多数を占める)が権利の請願を提出するが王は議会を解散した。
1635年 外国船の入港地を長崎に制限
1636年 フランスにお茶がもたらされる。
1638年 ロシアにお茶がもたらされる。
1638年 カタリナ(キャサリン・オブ・ブラガンザ)生まれる。父親ジョアン4世は、1640年ポルトガルをスペインから独立させた。しかしスペインとの間に長期に亙る戦争が始まった。
1639年 ポルトガル船の来航禁止
1640年12月 1640年12月イングランドとの同盟を考えカタリナをイングランドのチャールズ王太子と婚約させた。カタリナ2歳、チャールズ10歳。
ポルトガルは1641年スペインと敵対関係にあったフランスと同盟する
1648年 オランダ イスペインから独立(ウエストファリア条約)
1649年 ピューリタン革命 1642年から1649年 イギリスでは王党派と議会派の内戦となるが、クロムウエルの鉄騎隊が勝利しチャールズ1世を処刑する。
1654年 隠元禅師 中国(明)より来日 煎茶の喫茶法を明より導入
1659年 スペインとフランスが和平を結び、ポルトガルとフランスの同盟は無力化した。1660年イングランドが王政復古
1660年 クロムウエルは1653年から1658年 ピューリタン的禁欲を強制する独裁を行った、国民の反発が高まり、クロムウエルの死後、1660年チャールズ2世が即位しイングランドが王政復古した。
1662年 ポルトガルのカタリナ王女とイングランドのチャールズ王太子が結婚、ポルトガルは2百万クルサードの金と、ボンベイ(ムンバイ)、タンジール(タンジェ)をイギリスに割譲した。
持参金は銀の代わりにブラジルで生産した砂糖の他、茶、茶道具、磁器等もあった。その後薬として飲む茶から、砂糖を入れ楽しむためにお茶を飲む習慣が生まれた。
1738年 永谷宗円 蒸し煎茶を考案する。
1773年05月10日 イギリス議会にて「茶法」成立 (1764年砂糖条例・通貨条例 1765年印紙条例・軍隊宿営条例 1766年宣言条例 1767年ニューヨーク制裁措置・タウンゼント条例(歳入条例ガラス・鉛・ペンキ・紙・茶への関税)・関税徴収条例 )
1773年 ボストン 茶会事件
1776年7月4日 アメリカ独立宣言
1840年 アヘン戦争勃発
1849年 アメリカ ゴールドラッシュ サンフランシスコは1年で人口が千人から2万5千人に増える
1853年7月8日 ペリー 4隻の黒船 浦賀沖に現れる
1854年3月31日 日米和親条約 下田・函館開港
1858年7月29日 日米修好通商条約調印
1858年 所沢の茶師 横浜の外商に茶を売り込む
1859年7月1日 横浜開港
1863年8月 薩英戦争
1867年10月13日 慶喜 二条城にて大政奉還を決定、翌日朝廷に奏上した。
1871年5月10日 新貨条例公布 円が日本の通貨となる。 1円は純金1.5㌘ 100分の一が銭 その10分の一が厘
1873年1月1日 日本は太陰暦から太陽暦へ変更 前日の1872年12月31日は旧暦明治5年12月2日
1875年 製茶業者30人が集まり「狭山会社」を設立 米国に直輸出を開始 ブランド 狭山茶に統一
1889年4月1日 町村制施行により 二本木村、高根村、駒形富士山村、富士山栗原新田が合併、入間郡元狭山村となる。
1894年 日清戦争 翌年下関条約 清は朝鮮の独立を認める、遼東半島、台湾、澎湖諸島を日本に譲渡、賠償金2億両、他
1895年 三国干渉 露仏独3か国が武力を背景に遼東半島の返還を要求され返還した。
1898年 ロシアが旅順大連を租借。1900年義和団の乱に乗じてロシアが満州を軍事占領。清に独占的権益を認めさせる。1902年日英同盟。1903年ロシアが鴨緑江河口軍事基地建設開始。日露協商提案するもロシアが拒絶
1903年 日露戦争開戦
1905年 日露講和条約(ポーツマス条約)調印 韓国、遼東半島の権益、樺太の一部を獲得、1907年ハーグ密使事件、1909年伊藤博文暗殺、1910年韓国併合条約締結
1906年 5月 岡倉天心 THE BOOK OF TEA 「茶の本」ニューヨーク フォックスダフィールド社から英文にて出版
1906年 9月 夏目漱石 草枕 を発表
1914年 第一次世界大戦開戦
1918年 第一次世界大戦終結 1919年1月パリ講和会議、6月ベルサイユ条約調印、山東省ドイツ権益継承旅順大連の租借期間延長、南満州鉄道利権、カロリン諸島他南洋諸島の委任統治
1923年9月1日 関東大震災
1929年10月 ニューヨーク株式市場大暴落 ブラックマンデー
1931年12月10日 八高線 八王子駅から東飯能駅間25.6㌔ 八高南線開業 1934年10月6日 八王子・倉賀野 間で八高線として開業
1932年 満州国建国
1937年7月 盧溝橋事件 日中戦争開始
1939年9月 第二次世界大戦開始
1940年11月3日 箱根ヶ崎村、石畑村、殿ヶ谷村、長岡村が合併し、瑞穂町として町制施行
1941年12月 真珠湾攻撃 太平洋戦争開戦
1945年8月14日 ポツダム宣言受諾 9月2日調印即時発効 太平洋戦争終了
1945年8月24日 八高線 多摩川橋梁上で上下の列車が正面衝突 死亡者105名 1947年2月25日東飯能高麗川間で脱線事故 死亡者184名 1947年7月14日 米軍機多摩川鉄橋通過中の列車に墜落 死亡者4名
1949年4月25日 1ドル360円の固定相場となる ドッジライン
1958年10月15日 埼玉県入間郡元狭山村 東京都西多摩郡瑞穂町に編入合併
1971年 ニクソンショック 米ドル紙幣と金の兌換を一時停止
1971年12月 1ドル308円 スミソニアン協定
1973年4月 円 変動相場制
1973年 第一次オイルショック 第4次中東戦争
1979年 第二次オイルショック イラン革命 ホメイニ師らが政権奪取
1989年11月9日 ベルリンの壁崩壊
1995年1月17日 阪神淡路大震災 マグニチュード7.3
1996年3月16日 八高線 八王子駅・高麗川駅間 電化
1997年11月24日 山一証券自主廃業 バブル崩壊へ 11月15日北海道拓殖銀行破綻
1999年2月1日 テレビ朝日系列 ニュースステーション ダイオキシン報道 埼玉県所沢市付近のダイオキシン汚染の実態 後日含有データは煎茶の物であったことが判明した。
2008年9月15日 リーマンブラザーズホールディングス 米国連邦倒産法第11章cyapter11の適用を申請
2011年3月11日 東日本大震災 マグニチュード9.0 津波 当擧電力福島第一原子力発電所 メルトダウン事故