大僧都永忠(えいちゅう/ようちゅう、天平15年(743年) - 弘仁7年4月5日(816年5月5日))
日本後紀は、平安初期の勅撰史書で 、完成は天長10年(833年)、この中に記載されているお茶に関する事項が日本最初の記録だそうです。
延暦24年(805年)4月、こ嵯峨天皇に大僧都永忠が「手ずから茶を煎じ奉御す」との記載があります。(右ページの→部分)
茶が栽培され、製茶され、煎じて飲んでいたことがわかります。
また、同年6月、嵯峨天皇は機内、近江、丹波、播磨等で茶を栽培して毎年献上するように命令しました。(左ページの→部分)