Kohno K (1997) Possible influences of habitat characteristics on the evolution of semelparity and cannibalism in the hump earwig Anechura harmandi. Researches on Population Ecology 39 (1): 11-16, May 1997 [Full text (pdf) and Abstract on SplingerLink, Full text (pdf) on Tohoku Univ.]
ハサミムシ類は革翅目(ハサミムシ目、Dermaptera)に分類されている昆虫ですが、興味深いことに、産卵習性が知られている全ての種について、母親による卵や子に対する保護行動が知られています。一般的には、卵塊として卵を産んだ雌成虫は、卵が孵化するまで卵を舐め回したり、捕食者に対して防御行動をとったりします。卵が孵化すると、一部の種では母親から子に対する給餌行動が見られる種もあります。その中で特に変わっているのは、コブハサミムシAnechura harmandiで、卵が孵化すると子が母親を最初の餌として食べてしまいます。この母親に対する子の捕食行動は私が発見したわけではなく、私が研究を始める以前に既に知られていたようですが(私は知りませんでしたが)、この行動に対する進化生態学的な解釈は行われていませんでした。
私は大学院生時代、昆虫における卵保護行動の生態的な意義についてツノカメムシ類を材料に研究しようと考えました。しかし、教官や先輩の大学院生から「ハサミムシを材料にしたらどうか?」と強く勧められ、あまり良く知らないハサミムシ類を研究材料にすることになってしまいました。生活史のことを何も知らないのでは話にならないので、色々な人の話を聞いたり、文献を調べたりして、とにかくハサミムシがたくさんいる場所を探しました。その結果、冬の終わりの京都北山の谷筋にコブハサミムシがたくさん産卵しているのを見つけ、とりあえずコブハサミムシの生活史を調べてみようと思いました。
山から卵塊と一緒に採集して来たコブハサミムシの雌は、一所懸命に卵の世話をしていました。やがて幼虫が孵化すると、やはり幼虫の世話をしていました。ところが数日経つと、サンプル瓶の中には生きている母親の姿は無く、多数の幼虫と母親の屍骸だけでした。その光景はすべてのサンプル瓶で見られ、例外はありませんでした。それはおかしい、と思って山に行くと、やはり自然の中でもすべて母親が子に食われてしまっていました。
ここれは大変なことになった、と思いましたが、その時には何をして良いのかわからなくなり、とにかく野外でのコブハサミムシの生活史を明らかにすることから始めることにしました。
ここの研究のとりあえずのまとめとして、「何故コブハサミムシの母親は子に食われるのか」ということを科学的に解釈しようと思いました。これについては、日本応用動物昆虫学会のコラムのサイトに紹介記事を書きましたので、そちらを参照いただきたいと思います。
私はこの研究を中心に修士論文を書いたのですが、それに1年加えて3年の野外調査をしただけで何もまとめずに応用機関に就職してしまいました。投稿論文の書き方も知らないままに就職してしまったため、調査を終えてから10年以上経ってから論文が出版されるという情けない状態でしたが、2006年に出版されたアメリカの昆虫学者James T. Costa (Western Carolina University)が書いた'The Other Insect Societies'という本の中で、この論文をかなり詳しく紹介していただき、たとえ時間がかかっても英語で論文を書いておいて良かった、と思っています。'The Other Insect Societies'の書評はこちら(アメリカ昆虫学会のサイト)です。