このページの文章は、『ひゃくとりむし』の編集者である中西元男さんの了承を得て、筆者が投稿した原稿をウェブサイト用に編集したものです。引用する場合は[河野勝行.2019.迷蝶に関するアンケートに対する中西さんへの返答.ひゃくとりむし (448): 5367–5369](2019年10月21日発行)としてください。

迷蝶に関するアンケートに対する中西さんへの返答

「次の内迷蝶と考えられる記録はどれか?そう判断する根拠は?」という質問用紙を中西さんからお送りいただいた。迷蝶か否かの線引きは恣意的にならざるをえないのは中西さんもご承知のはずなので、今回の問いは、各人がどのよう違った線引きをするのかを中西さんご自身が楽しむためのものだと理解した。

しかし、前に本誌(河野,ひゃくとりむし (445): 5330–5332,2019)に書いたとおり、筆者は「そろそろ(従来の)迷蝶という考え方を捨てた方が良いのではないだろうか?」という立場なので、質問にそのまま答えるのは難しい。

だからと言って、回答しないままなのも申し訳ないので、異なる切り口で2つに分けたいと思う。それは、採集されたその個体がその場所に自力(自然の要因)でやってきたか他力(意識的か無意識的かに関わらず人為的な要因)でやってきたか、である。これなら定義で揉めることは少なくなるはずである。

この二分法に当てはめれば、他力なのは、カラフトセセリ(バナナセセリも)、ルリモンアゲハ、ヤクシマルリシジミ。その他は自力なのだろうと思っている。

カラフトセセリは元々ヨーロッパから北アフリカ、中央アジアにかけて分布していて、1910年に北アメリカに誤って移入されたとされており、現在北米ではもっとも普通のセセリチョウらしい(英語版Wikipediaの記述)。北米から多量の家畜飼料が輸入されている北海道に誤って移入されたと考えるのは自然だと思う。

ミカドアゲハにはそれなりの移動分散力があるように思える。交尾済みのメスの移動先にたまたまオガタマノキがあれば、そこで一時的に発生する可能性があると考えるのは不自然ではない。

採集されたルリモンアゲハの原産地は特定されていないと思うが、海外からの輸入貨物が多い四日市港にたまたま誤って幼虫か蛹が付いていたと考えるのが尤もらしい説明だと思う。

ナガサキアゲハは栽培柑橘類に依存しており、あちこちに存在する柑橘園のどこでも発生できそうなので、跳び離れた場所で発生する可能性は他の種(たとえばミカドアゲハ)と比べると可能性はむしろ低いようにも思える。しかし、移動能力そのものが低いとは思えないので、たまたま大きく跳び離れた場所に移動してしまった個体、あるいはその子世代が採集されたと考えることは、人為的に移動されたものであると考えるより可能性が高いのではないかと思う。

ムラサキツバメは八重山でも時折採集され、そこそこ移動分散能力が高いという印象を持っている。南大東島で採集されたとすれば、自力(台風か何か)で移動したと考えるのが妥当だと思う。

クロマダラソテツシジミはソテツの新芽に依存している。ソテツは存在していても、利用可能な資源である新芽は一時的にしか存在しない。そのような種が発生を繰り返すためには、新たな利用可能な資源にたどり着くために大きな移動能力を持つ方が有利である。よって、クロマダラソテツシジミは自力で移動していると考えるのが妥当だと思う。

東京のヤクシマルリシジミは一番迷った。あまり根拠はないが、中西さんご指摘のように、何らかの栽培植物について移入されたと考えるのが妥当と思う。

タッパンルリシジミは今でも春に与那国島でたびたび採集されており、台湾からの飛来だと考えられている。霧島栗野岳のものも自力で飛来したと考えても不合理ではない。

小笠原のアサギマダラも他の場所に飛来した個体と同様、自力で飛来したと考えるのが極めて妥当だと思われる。

その他と訊かれれば、チョウではないが、ヤガ科のアワヨトウのことを書いておきたい。休眠性がなく、寒冷地では越冬できないとされている。盛岡に住んでいた1987年の大発生は印象深かった。その前の年には誘蛾灯でシーズン通して7匹しか捕獲されなかったが、この年には6月上旬から捕獲が始まり、6月中旬には誘蛾灯での一晩の捕獲個体数は100匹を超えた。7月にはトウモロコシの葉を食い尽くして餌を求めて地面や道路を歩き回る幼虫の群れは異様であった。この年には大陸からの集団での飛来があったと考えるしかない。今年6月に鹿児島県で日本初確認されたツマジロクサヨトウSpodoptera frugiperdaは、8月までに福島県など東日本に至る広範囲で確認された。これも自力で移動したと考えるのが妥当だと思う。

毎年同じ場所で同じ種が見られると、我々はその場所にその種が定着していると思い込みがちである。しかし、一年生草本植物や先駆性の木本植物に依存している多化性の昆虫は、同じ場所にあっても個体群が入れ替わっている可能性も十分に考えられるので、慎重な検討が必要であると思う。小さな虫でも移動能力を見くびってはいけない。