このページの文章は、『ひゃくとりむし』の編集者である中西元男さんの了承を得て、筆者が投稿した原稿をウェブサイト用に編集したものです。引用する場合は[河野勝行.2019.私的外来種考.ひゃくとりむし (438): 5247–5250](2019年4月1日発行)としてください。
このページの文章は、『ひゃくとりむし』の編集者である中西元男さんの了承を得て、筆者が投稿した原稿をウェブサイト用に編集したものです。引用する場合は[河野勝行.2019.私的外来種考.ひゃくとりむし (438): 5247–5250](2019年4月1日発行)としてください。
外来種が騒がれ始めたのはいつの事だっただろうか。外国産クワガタの輸入が解禁されたのが1999年、外来生物法が公布されたのは2004年のことだが、セイヨウオオマルハナバチの輸入に対して反対運動が起こったのは1990年代前半だったから、それ以前から問題がくすぶっていたことはおおよそ想像がつく。
物心ついた頃、「外来種」ではなく「帰化種」という言葉はしばしば聞いた。しかし、「帰化種」という言葉は昆虫ではあまり使われず、主に植物、中でも特に雑草で使われていたと思う。昆虫で「帰化種」という言葉を意識したのは、日浦勇著『海をわたる蝶』(蒼樹書房,1973)でモンシロチョウが史前帰化種ではないかと書かれているのを読んだ時だった。
「帰化種」という言葉に「良くないもの」という印象はほとんど無かった。外国から来た生き物も好意的に受け入れられていたのだろう。我々の世代で応用昆虫学を学んだ人なら、外来種のワタフキカイガラムシに対して、その原産地での天敵であるベダリアテントウを導入して成功を収めたことを知っているであろう。「外来害虫には導入(外来)天敵」というのは定番であった。
ところが、1970年代終わり頃から新しい外来の農業害虫の問題が次々と浮上した。その頃問題が明らかになったミナミキイロアザミウマやイネミズゾウムシの名前は害虫に興味のないアマチュアでも聞いたことがあるだろう。
新しい農薬が開発され、イネミズゾウムシはあまり問題にならなくなったが、新しい農薬に対しても感受性の低下が次々と明らかになり、作物の病原ウイルスを媒介するミナミキイロアザミウマは今でも大きな問題となっている。これらだけでなく、新しい外来の農業害虫が次々と発生し、施設野菜栽培で現在問題になっている害虫の多くが外来種である。このことが「外来種」に対する印象を悪化させた原因の一つであることは疑いない。
これらの害虫は植物検疫を擦り抜けて侵入してしまったわけだが、その背景には農産物や家畜飼料などの輸入量が増大したことがある。その傾向は現在でも変わりないどころか、ますます強まっている。さらに1990年代になると、大きくの生態学者が懸念の声を上げたにも関わらず、トマトの授粉のために外来のセイヨウオオマルハナバチが導入された。これは農家の労力軽減に大きく貢献したが、危惧されたとおり逸出して北海道の野外に定着してしまった。そればかりでなく、在来のマルハナバチ類を駆逐しているという。理論的な研究によれば資源競争だけで近縁種が駆逐されることは滅多にないので、繁殖干渉(高倉耕一・西田隆義編『繁殖干渉』(名古屋大学出版会,2018)に詳しく解説されている)が関わっているのだろう。
輸入農産物のおかげで我々がより豊かな食生活を送ることができるようになったのは誰しも認めるところであろう。それに伴う外来種の定着の増加は、いくら植物検疫や輸入マルハナバチの管理を強化しても、予算や労力に限りがある以上完全には防ぎきれないので、我々の豊かな生活と外来種の問題はトレードオフの関係にある。つまり、「良いとこ取り」はできない。
そのような状況の中の2013年の秋、名古屋市の新川河川敷で中国由来と思われるムシャクロツバメシジミの発生が確認された。これに対して2014年の春、報道機関まで巻き込んで大々的な駆除作業が実施された。これに対して大きな違和感を感じたことは既に書いた(河野,2014; NAPI NEWS (338): 3302–3303)。この現場の状況は中西元男氏によって報告されており(中西,2014; ひゃくとりむし (364): 4357–4360)、主に技術的な側面から批判的に論評されている。また、これらに対するさまざま意見が本誌に寄せられている(つち・はんみょう,2014; ひゃくとりむし (368): 4414–4415, (369): 4426–4427)。
先に書いたように、ひとたび定着して発生が始まってしまうと、外来種の根絶はほとんど不可能だと思わざるを得ない。これまでに日本に一旦定着した外来種で根絶されたのは、ミカンコミバエとウリミバエぐらいではないだろうか。これらの根絶には莫大な予算と長い年月が費やされた。それでも根絶のための事業が行われたのは、根絶によって得られる利益の増大あるいは損失の低減が経費を上回るだろうと認められたからである(詳しくは、小山重郎著『530億匹の闘い ウリミバエ根絶の歴史』(築地書館,1999)などをご覧いただきたい)。
そこでムシャクロツバメシジミのことである。はたして根絶は技術的に可能であろうか? 確かな根拠は示せないけれど、フィールド感覚のある虫屋なら、現実的には不可能だと判断するのではなかろうか。
また、懸念される問題点は何であろうか。根絶推進派が懸念する生態系への影響であるが、最大の問題点は在来種であるクロツバメシジミへの影響であろう。しかし、フィールド感覚のある虫屋にとって、既に特異なニッチに追い込まれているように見えるクロツバメシジミが何らかの影響を受けても、それを含む地域の生態系にさしたる変化が生じることは想像しにくいのではないだろうか(これまでにクロツバメシジミが絶滅した産地において、それが原因で大きな環境の変化が起きたという事例を、不勉強かも知れないが筆者は知らない)。さしあたって気になるのは先に書いた繁殖干渉の存在の有無であるが、両種の分布が接する機会があるとは想像しにくい。それでもなお気になるのであれば、材料は既に国内にあるわけであるから、とりあえず室内実験でできる範囲で繁殖干渉の状況を確認したら良いのではないかと思う(どんな実験をしていいかわからない人は、前述の『繁殖干渉』を参考にしていただきたい)。
また、明確な戦略もなく、ただ闇雲に「外来種だから根絶させる」という考え方には大きな違和感を感じたわけであるし、ムシャクロツバメシジミの幼虫が食べている植物も外来種であるから、理屈にもなっていないと感じたわけである。
外来種を駆除したいという気持ちはわからないわけではないが、現実的に駆除するためには資金や労力が必要なわけであるし、公的な資金を使うかどうかは、市民にとって県民にとって国民にとって利益があるかどうかにかかっている。個人でできる範囲で個人の趣味で駆除活動を行うことも理解できないわけではないが、できる事には限界があるのは明確であるし、予期しない悪影響がある可能性もあるから、余計なことはすべきでない、と個人的には考える。
話は変わるが、近年になって「侵略的外来種」という言葉も聞かれるようになった。新しい生態系に侵入したときに爆発的に増えて生態系に大きな変化をもたらす種のことである。外来種全部に対応するのは予算的、労力的に不可能であるから「侵略的外来種」のみに対応すれば良いという意見もある。世界各地でカエルに感染し、「侵略的外来種」だと位置付けられていたカエルツボカビが日本に侵入したら、日本のカエルが甚大な影響を受けるのではないかと恐れられていた。しかし、それがアジア在来で日本にも元々存在していたとわかったときには、筆者は大きな衝撃を受けたと同時に、いわゆる「保全生態学者」の意見が必ずしも信頼できるものでないとも思った。またこの事例は、どの種が「侵略的」であるかどうかを事前に知ることが極めて困難であることを示唆している。
タイワンタケクマバチは近年愛知県に侵入し、2年ほど前から三重県にでも見られるようになった。筆者の職場のカボチャの花にも多数飛来し、花粉媒介に貢献しているように見える。このハチの我々にとっての被害が竹箒に穴を穿つ程度ならば、我々にとって好都合なことの方が多いように思える。営巣場所になりえる手入れが行き届かず荒れている竹林は至る所にあるので、このハチを減らすことは不可能であろう。競合すると思われるキムネクマバチは文化財に穴を穿つ害虫になりえるので、タイワンタケクマバチの競争によって減少したとしても、我々にとって好都合かも知れない。今後の研究の発展が期待される。
以上の論述から筆者が外来種肯定派だと読者は思うかもしれないが、それは正しくない。外来種が侵入すれば何からの悪影響があるのは容易に想像できる。だからこそ大きなコストをかけて輸入検疫を行なっている。クワガタの輸入が解禁されたことも苦々しく思っている。しかし、一旦侵入し定着してしまった外来種を根絶することはほとんど不可能であるし、強引な根絶活動は別の問題を引き起こす危険性を孕む。残念なことであるが、定着してしまった外来種について、不都合な種なら不都合でない程度に制御し、活用できるなら活用するという、柔軟な対応をすることが我々にとって最善策ではないかと考える。
不都合でない外来種も不都合な外来種も、時が経てば日本の風景に馴染んでいくだろうし、時が経てば人間の活動と無関係に侵入して来る外来種もあるだろう。何が問題かと問われれば、「変化があまりに(不自然に)速すぎること」だと答えたい。