このページの文章は、『ひゃくとりむし』の編集者である中西元男さんの了承を得て、筆者が投稿した原稿をウェブサイト用に編集したものです。引用する場合は[河野勝行.2020卵寄生蜂は蝶に便乗するのか?.ひゃくとりむし (468): 5606–5608](20209月21日発行)としてください。

卵寄生蜂は蝶に便乗するのか?

つち・はんみょう(ひゃくとりむし 466: 5590–5591,2020)は野外で採集したルーミスシジミ♀成虫から室内で産卵させることによって得た5卵が,そのうち2卵しか孵化せず,残りは卵全体が黒くなって孵化しなかったことの原因を,成虫に便乗していた(かもしれない)卵寄生蜂の仕業だと疑った。

ここで疑われる卵寄生蜂はタマゴコバチ類 Trichogramma spp. (タマゴコバチ科 Trichogrammatidae)であろう。鱗翅目の卵寄生蜂には他にタマクロバチ類Telenomus spp. (タマゴクロバチ科 Scelionidae)などもあるが、これは黒くて大きい(と言っても小さい)ので、肉眼ではっきり見える。タマゴコバチは小さくて淡色なので、実験室内で背景が白いならともかく、野外で見ることができる人は限られているであろう。だから、ルーミスシジミの母蝶にタマゴコバチが付着していたとしても、誰も気付くことはできないであろう。

タマゴコバチの仲間はニカメイガなどの重要な農業害虫の天敵として古くから知られており,研究の対象となってきた。筆者自身は、論文になってはいないものの、たびたび目にしてきた。筆者は石垣島に赴任した年、キャベツを通年栽培してコナガなどの害虫と天敵の発生を調べようとした(月刊むし 431: 14–16,2007)。実験室内でキャベツの幼苗にコナガを産卵させ、その卵がついた苗を1日野外に置いて室内に回収したところ、高率でタマゴコバチの寄生を受けた。野外にコナガがほとんどいないにも関わらず、である。このとこから、野外での寄生圧は相当高いものだと驚いた。このタマゴコバチを九州大学(当時)の広瀬義躬先生に同定していただいたところ、寄主範囲の広いメアカタマゴコバチT. chilonis Ishiiとのことであった。野外でのもともとの寄主はわからなかったけれど。

タマゴコバチの生態の研究を困難にしているのは、その大きさであろう。肉眼ではほとんど見えないのは致命的である。コナガは小型の蛾で卵も小さいが、それには普通1匹のタマゴコバチが寄生する。しかし、ヨトウガやタマナギンウワバぐらいの大きさの卵には10匹ぐらい寄生することもある。こんな小さなハチが野外でどのように暮らしていて、どのように寄主の卵にたどり着くのか、ほとんどわかっていない。

比較的最近になって、タマゴコバチが蝶の成虫に便乗して(移動して)いることが報告された。Fatouros and Huigens (BioControl 57: 497–502, 2012) は、蝶の成虫24種1,472匹を野外で採集したところ、そのうち5種の蝶10匹にそれぞれ1匹のタマゴコバチが便乗していたことを報告した。このうち7匹は♀の蝶に、3匹は♂の蝶に便乗していた。著者らの主張によれば、タマゴコバチが蝶の成虫に便乗していることが初めて明らかになったとのことである。

ここで驚かされるのは、便乗率が1%にも満たないにもかかわらず諦めもせずによく調べた、ということである。自分にはこんな根気必要とする調査は無理である。筆者が調べたアブトヘリカメムシに便乗するタマゴクロバチの場合、便乗率が高い♀カメムシでは30%近く、低い♂カメムシでも20%の便乗率だった(Entomological Science 5: 281–285, 2002)。しかも、体長は2mm以上あって、卵寄生蜂としては例外的に大きい。だから、肉眼ではっきり観察できるし、根気もそれほど必要なく、本業の調査(Acta Horticulturae 575: 503–508, 2002)の片手間でデータを得られた。

ルーミスシジミの卵寄生蜂に関する報告はこれまでに無いと思われるが、冒頭に記したつち・はんみょう(2020)の話は「根も葉もない話」ではなく、その他の蝶を含め、今後検証すべき課題だと思われる。これを調べるのは年寄りには無理なので、若い人の活躍を期待したい。