このページの文章は、『ひゃくとりむし』の編集者である中西元男さんの了承を得て、筆者が投稿した原稿をウェブサイト用に編集したものです。引用する場合は[河野勝行.2020賢島のキナンウラナミアカシジミ.ひゃくとりむし (464): 5561–5562](20207月21日発行)としてください。

賢島のキナンウラナミアカシジミ

2017年6月の津の金曜サロンで河本実氏から賢島にキナンウラナミアカシジミが多産するという話を伺い、賢島を初訪問したのは6月11日のことだった。発生のピークをやや過ぎた頃で個体数は多く、運良く産卵行動を一部始終観察できた[外部リンク:YouTube](月刊むし 570: 20–23, 2018)。2018年は他のチョウ(オオヒカゲとかウラナミジャノメとか)にうつつを抜かして賢島を訪れたのは6月17日のことで、時期を完全に外していたが、それでも少なからぬ個体数を見た。2019年はピークを狙って6月2日に訪れたが、それまでと比較すると、やや少なくなったという印象だった。

2020年6月のサロンの席上、今年は少なくて海岸縁にしかいない、という話が聞かれた。前年までは島に広く分布するウバメガシの至る所に見られたという印象だったので、話が食い違っている。2017年から2019年にかけての竹井一氏による熊野灘沿岸の調査の結果(月刊むし 589: 18–27)を見ても、年次による調査場所の違いはあるものの、発生量に関して同様の傾向が察せられる。

自然界には安定した環境においても動物の周期的な発生量の変動が見られることがしばしばあり、カナダにおけるウサギとオオヤマネコの個体数変動の例は多くの生態学の教科書に載っている。我が国においても環境が安定していると思われるブナの極相林におけるブナアオシャチホコの周期的な大発生はよく知られており、冬虫夏草やクロカタビロオサムシの発生と関連していると推察されている。

そのような例からも、安定したウバメガシ林に棲息するキナンウラナミアカシジミの個体数の年次変動も同様に理解することがおそらく可能で、2017年から2018年にかけてピークの時期だったのかも知れない。減少の要因は何かと想像すると、種あるいは近縁種のみに特異的な寄生性天敵、おそらくは卵寄生蜂ではないかと思う。

発生のピークの年には、島の中心部でも本種個体数が多かったわけだが、中心部ほど天敵の攻撃に晒されやすいとも予想できる。2020年には島の中心部にほとんど見られず、海岸縁にわずかに見られたというのが事実であれば、天敵の影響が大きかったのだろうと想像できる。これは、賢島というミクロのレベルでもそうだろうし、熊野灘沿岸というマクロなレベルでもそうだろうという気がする。もし本種のマクロな分布域全体の周辺部で2020年にも個体数が多かったとすれば、この説の裏付けになると思われる。

寄主の密度が低くなれば、天敵の密度も同様に低くなり、寄生率はやがて底を打つが、しばらくは寄主の個体数が低い状態が続くだろう。普段はこのような状況になっていて、分布調査もままならない状態になっていたのではないかと思う。しかし、天敵がほとんどいない状態になれば、また寄主の個体数が急激に増加し、2017年から2018年のような大発生の状態に復活するのではないかと期待する。