妄想

delusion(E), Wahn(D)

妄想とは患者の教育的,文化的,社会的背景に一致しない誤った揺るぎない観念ないし信念であり,明らかな反証があっても確信は保持される。妄想と真の信念と区別は,患者が主観的に行いうるものではなく,外部の観察者によって行われる。すなわち,その内容が非蓋然的であることに対する患者の判断が誤っている場合,その確信は妄想とされる。この誤った判断は必然的にその体験に対する病識欠如を生じる。


妄想の定義に大きな影響を与えたのは,Jaspers,K.が示した妄想観念の外的メルクマールである。それは,1. 著しい主観的確実性を伴う尋常でない確信,2. 経験や説得力のある反論による影響不能性,3. 内容の不可能性,の3つである。だがこれらはJaspersにとって,妄想観念の外的特徴であって定義ではなく,重要であるのは彼が続いて強調した,発生的了解ができない真正妄想観念(echte Wahnideen)と,それが可能な妄想様観念(wahnhafte Ideen)という体験形式上の厳密な区別であった。真正妄想観念は発生的了解が不能,すなわちそれ以上遡ることができず,現象学的に究極的な,一次妄想体験であり,真正妄想の一つである妄想知覚Schneiderの1級症状に含まれる。妄想様観念は,患者の現在の状況,たとえば気分,幻覚など他の症状,生活史,帰属する集団,パーソナリティなどから生じたものとして,発生的了解が可能である。妄想様観念は優格観念(支配観念)から区別することがしばしば困難である。真正妄想は一次妄想,妄想様観念は二次妄想とも呼ばれる。


妄想の分類には,真正妄想(一次妄想)と妄想様観念(二次妄想)という形式面のものの他,被害妄想誇大妄想微小妄想など内容(主題)面のものもある。診断上は内容よりも形式が重要である。


外因性精神病(器質性,症状性,中毒性)と内因性精神病(統合失調症,他の精神病性障害,気分障害)では真正妄想妄想様観念のいずれもみられるほか,妄想様観念は妄想反応や妄想性人格発展としても生じる。


現在のICD-10やDSM-5では,妄想は幻覚と並び精神病症状とみなされる。ICD-10では真正妄想のうち妄想知覚が統合失調症の特徴的症状の一つとしてあげられているが,DSM-5では真正妄想妄想様観念という形式上の区別は行われない。またDSM-5では,させられ体験・被影響体験などの統合失調症性の自我障害は,「奇異な妄想」として妄想に含められる。


(針間博彦)