ひきこもり

hikikomori[E], Hikikomori[D], hikikomori[F]

1980年代までは「ひきこもり」という概念は現在のような形では存在しなかった。もちろん当時も、家庭に長期にひきこもっている人たちはいたが、統合失調症や重症のうつ病などいわゆる内因性精神疾患が原因だったと考えられる。しかしその後、1993年の障害者基本法改正や、2006年の障害者自立支援法(現、障害者総合支援法)施行などを経て、統合失調症などの精神障害者への就労支援、在宅支援の制度が整備されてきた1


1998年に齋藤環は「二十代後半までに問題化し、六カ月以上自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの」を「社会的ひきこもり」と定義し、積極的に発表した2。齋藤はひきこもりの病理を思春期心性から、また「社会的」という語を冠しているようにシステム理論的、社会病理的に説明し、統合失調症等の精神障害が原因ではないひきこもりに着目した。齋藤がひきこもりを明確に提示し、一般社会へ情報発信したことの啓蒙的な意義は大きい。また、本人の怠けや甘えが原因とするような個人病理的説明に含まれがちな偏見からひきこもりの人々を救済する意味もあったと思われる。


ただし当時の齋藤のひきこもり概念には、発達障害との関係は想定されていない。当時の成人の精神医学では発達障害の概念はまだ普及していなかったのも一因だろう。


このような経緯から、ひきこもりの人たちは長い間、「精神障害を持たない」とされてきた。2010年の厚生労働省の「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」3でも、ひきこもりにおける発達障害の意義が十分評価されているとは言い難い。一方、原田豊は、行政による地域支援の経験に基づいて、1997年から既に、ひきこもりの中には神経症とも違う対人過敏性を示す一群がいることを主張していた4。今日で言う、発達障害である。現在では、ひきこもりの人たちは、小中学校のときから不登校を経験していたり、職場での不適応があったなど、ひきこもりになる前から様々な課題を抱えていたことが少なくないことが知られている1。そしてその背景にはしばしば、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder :ASD)などの発達障害やその傾向がある。


原田は、ひきこもりの定義から精神障害を除外せず、また、自宅に引きこもっていることに加えて、人とのつながりが乏しく、親密な対人関係を持たないことを強調した1。さらに、厚労省のガイドラインとも異なる簡便な分類で、以下のようなひきこもりの3群を示した1

  • S群:統合失調症(schizophrenia)などの内因性精神疾患を持つもの。ひきこもり以前は多少の対人関係を持ち、一定の社会適応は可能だったが、長期経過によって障害を残すことがある。

  • A群:ASDなどの発達障害またはその傾向を持つもの。引きこもり以前から対人関係は困難で、社会適応も不良だったことが多い。障害特性も、ひきこもり以前から有し、基本的には生涯にわたって持続する。

  • N群:内因性精神疾患や発達障害を持たず、いわゆる神経症neurosis圏に留まるもの。ひきこもり以前の対人関係や社会適応は悪くないことが多く、比較的経過は良好である。


ASDも含めた診断による分類は実際的でわかりやすく、また、より重要なことには、対人関係や社会的な能力とも相関しているため、それぞれのひきこもりの人に支援者が関わったり社会資源の活用を考える際に参考になる。


(清水光恵)




  1. 原田豊:支援者・家族のためのひきこもり相談支援実践ハンドブック.福村出版,東京,2020
  2. 齋藤環:社会的ひきこもり-終わらない思春期.PHP研究所,東京,1998
  3. 齋藤万比古(研究代表):ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン―思春期のひきこもりをもたらす精神科疾患の実態把握と精神医学的治療・援助システムの構築に関する研究.厚生労働科学研究費補助金こころの健康科学支援事業.2010
  4. 川口栄,植田俊幸:長期引きこもりの実態と家族関係―引きこもりを持つ家族への援助を考える―.安田生命事業団研究助成論文集,33;207-210,1997.