不安

anxiety(E), Angst(D)

何かしら危険な事態が、自己の外部ないし内部から、自己に迫ってきた際に発せられる警戒信号としての情動を不安と称する。警戒対象が明瞭な場合が「恐怖」、漠たる場合が「不安」として一応分けられてはいるが、実際には「恐怖」と「(狭義の)不安」とをまとめて「(広義の)不安」と呼ぶことが多い。しかるべき状況において発動される不安は正常な情動であるが、警戒対象にそぐわないほどの強度を備えている不安、警戒対象が去った後も長期間持続する不安、発動される根拠はあるにしても性状(質)が正常範囲から大きく逸脱している不安などは病的と見なされる。不安が当該対象から分離しえること、分離した不安が別の対象に付着しえること、分離した不安が似ても似つかない別の症状へ翻訳されえることに着目して、主体による不安の処理の仕方という観点から神経症の病理構造に関して重要な考察を行ったのはFreud,S.である。1980年のDSM-Ⅲ以降、「神経症」という病名が国際診断基準から放逐され、2013年のDSM-5では、かつての神経症は「不安障害群」「強迫性障害および関連障害群」「心的外傷およびストレス因関連障害群」「解離性障害群」「身体症状症および関連症群」に裁断されてしまい、不安の病理である神経症を包括的かつ本質的に捉えることが困難になってしまったが、臨床現場では「神経症」「神経症圏」「神経症性」「神経症的」という術語はいまだ健在であり、今後も実践の場では活躍を続けるであろうと見込まれる。なお、神経症が不安の病理であるとは言っても、不安は他の精神疾患においても広く出現し得る非特異的症状でもあり、例えば統合失調症や内因性気分障害でも出現しえる。とりわけ内因性気分障害では抑うつと不安の合併が多いため、両者が密接な関連を有しているのは疑い得ない。また、パニック障害・社交不安障害・強迫性障害などの不安障害から内因性気分障害への移行例も数多く、内因性気分障害の病理展開にとって不安が果たしている役割については更なる解明が待たれる。


(芝伸太郎)