認知症

dementia(E), Demenz(D), démence(F)

記憶、思考、見当識、理解、計算、学習能力、言語、判断を含む高次皮質機能障害が広範に存在し、日常生活に支障を来している状態を言う。通常は慢性あるいは進行性だが、可逆性の場合もある。しかし意識障害せん妄)とは区別される。また、一度は正常に発達してから後天的に発症したもののみを指し、先天的な高次機能障害、すなわち神経発達障害としての知的障害(精神遅滞)とは区別される。認知症と紛らわしい語である「認知障害(cognitive impairment)」は種々の認知機能の障害が存在する状態を意味し、認知症は重度の認知障害に当たる。逆に「軽度認知障害(mild cognitive impairment; MCI)」は認知症に達していない軽度の認知障害を指す。


認知症とは病名ではなく症状名であり、アルツハイマー病などは認知症という症状を引き起こす原因疾患、すなわち認知症性疾患である。原因疾患の中でも認知症性疾患と呼ばれるのは進行性の経過をとる疾患に限られ、アルツハイマー病、レビー小体病、前頭側頭型認知症などの神経変性疾患と、脳血管性認知症によって代表される。一方、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫のように外科的治療によって認知症が回復する原因疾患や、甲状腺や副腎などの内分泌障害や電解質障害のように内科的治療によって回復する原因疾患もあり、これらによる認知症は可逆認知症(treatable dementia)と呼ばれる。また、うつ病患者が認知症様の症状を呈する場合があり、「仮性認知症(仮性痴呆)」と呼ばれるが、うつ病の回復とともに消退する。さらに、種々の薬剤に起因する認知症様状態も高齢者の臨床においてはしばしば見られる。


皮質機能の欠落によって引き起こされる種々の認知機能障害である「中核症状」に対して、残存する機能によって反応性に引き起される興奮・不穏・幻覚妄想・徘徊・不潔行為などを「周辺症状」あるいはBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)と呼ぶ。


なお、認知症という語は、わが国においては従来「痴呆」と呼ばれてきたものを、それが差別的な意味合いを持つ語だという判断から2004年に置き換えたものである。米国精神医学会のDSM-5(2013)においてdementiaの語が廃され、「神経認知障害neurocognitive disorders」に置き換えられたことは、これと同様の措置だと考えられる。


(深尾憲二朗)