抑うつ状態

depressive state(E), depressiver Zustand(D)

以下のような諸症状を呈する場合にこの術語でもって表現する。気分が憂うつで重い、意欲が出ない、何をするのも億劫、以前は好きだったことに関心を持てない、頭の回転が鈍い、堂々巡りの思考となる、簡単な事柄であっても決断することができない、悲観的思考、絶望感、無力感、劣等感、孤独感、虚無感、不安焦燥感、易疲労性、睡眠障害、自律神経症状(口渇、便秘など)、胸のあたりの重苦しい感覚(Scnneider,K.の生気的悲哀)、希死念慮などである。貧困妄想・罪業妄想・心気妄想という三大妄想のみならず別種の妄想が出現することもある。抑うつ状態という術語に含まれる「抑うつ」という言葉からは精神面での落ち込みがまずは連想されるが、抑うつ状態では精神と身体の両面に多種多様な諸症状が出現することに留意しておくべきである。もちろん、上述の諸症状が一人の患者においてすべて出そろうわけでないし、同一患者においても、時間経過と共に症状の交代が起きる場合もある。抑うつ状態は、うつ病ではもちろんのこと「統合失調症」「適応障害」「知的障害」「自閉スペクトラム症」「認知症」や従来診断における様々な神経症性疾患(つまり「強迫性障害」「社交不安障害」「パニック障害」など)でも出現し得る非特異的な状態像である。あくまで非特異的であるがゆえに、臨床的には抑うつ状態を把握すると同時にその状態を生み出す構造(として想定され得るもの、つまり診断が指し示すもの)に対しても眼差しを忘れないような複眼的アプローチが求められる。なお、従来診断でうつ病の中核群とされる内因性うつ病ではその病理の根幹において「生成(Werden)が停滞・停止する」(Gebsattel, V.E.von)という学説が有名であり、この命題を出発点とするなら抑うつ状態の諸症状の多くはおのずから導出される。近年の抑うつ状態には症状の混入している場合が少なからずあって、その混入の程度が増大すれば混合状態となる。


(芝伸太郎)