タイムスリップ現象
time slip phenomenon [E]
time slip phenomenon [E]
日本の精神科医の杉山登志郎が1994年に命名し提唱した、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder : ASD)にしばしば見られる記憶想起現象のこと。ASDの幼児や青年が例えば10年前の祖父の葬儀を突然想起して号泣するなど、過去の体験(数日前のこともあれば十数年前など遠い過去のこともある)をありありと鮮明に想起し、まるで現在の出来事のように情動や行動が喚起されるものである1-3。杉山自身も述べている2ように、PTSD(心的外傷後ストレス障害 Post traumatic Stress Disorder)におけるフラッシュバックに近縁の現象であると思われる。想起内容と現在の現実との区別は一応可能なものの、想起には視覚、聴覚、嗅覚などの知覚様の体験も伴い(例えば学校についての想起において、チャイムの音が聴こえると言う)、想起中の患者はしばしば現実よりも想起のほうに没頭し、「現実は現実でわかっているが、イメージ(注:想起内容のこと)のほうが強烈」4などと述べる5。また「意識が今ある現実から切り離される感じ」「過去のことも(現在と)並行して進んできている感じ」など、時間感覚の変容を伴うことがあり5、解離に類似することがある。内容は苦しい辛いこともあるが、楽しいことも少なくないことや、微細に見ると、特定の強烈な体験だけでなくいろいろな記憶の想起においてみられるなどの点が、PTSDとは異なる5。ただし、ASDにおいては周囲からは些細に見える体験でもトラウマ化しやすいことから、日常のいろいろな体験がトラウマのように固着している可能性も窺われ6、ASDにおける記憶とPTSDとの関係は一層の解明が必要である。
なお「タイムスリップ現象」という命名は、杉山によれば、アメリカのSF作家Dick P.K.の小説『火星のタイムスリップ(Martian Time-Slip)』に由来すると言う2。
(清水光恵)