貧困妄想

delusion of impoverishment(E), Verarmungswahn(D) 

財産を失ったと確信する妄想。心気妄想および罪責妄想とともに,微小妄想の1つとして位置づけられる。失われる財産は金銭的なものに限られず,「着る服がなくなる」などと訴える例もある。問題となる「貧困」は金銭的貧困を含めて「困窮」「没落」「みじめな状態」と受け取るのがよく,貧困妄想よりもフランス語の idée de ruine (破滅妄想)やidée de misère (悲惨妄想)という名称のほうが実情にかなうという見解もある。


患者は,もはや生活費を得ることはできず,お金がない,使い果たしたと思い,自分自身や近親者は路頭に迷い,餓死するに違いないと考える。軽症例では,仕事ができなくなった,仕事を続けてゆくことができない等と訴えられる。高齢者では「誰かが家に入って物を盗んでいったので,もう何もかもなくなってしまった」などと侵害妄想から展開するケースがある。「家が空っぽになった。マイナスになった」等と,家財に対する否定妄想(虚無妄想)を思わせる訴えをとることもある。


貧困妄想について宮本は次のように論じている。微小妄想のうち心気および罪責の主題については多くの論考があるものの貧困の主題を扱った論はほとんどない。その一方,心気や罪責を主題とする不安や妄想は抑うつ以外の様々な精神疾患にもみられるのに対して,貧困にかかわる不安妄想は内因性うつ病以外には原則として生じない。それゆえ,貧困という主題は内因性うつ病に特異的とさえ考えられる。「自分がこんなふうになってしまって。これでは医療費もはらえない。生活費も不足する。食費もだせない。家の経済が左前になる。子どもも学校にやれない。娘も嫁にだせない。家もダメになり,家族も路頭に迷う。これも,元はと言えば,自分がこういうふうになってしまったからだ」といった貧困妄想の語りには,微小妄想の臨床的特性である,自分を中心においた同心円的循環が表現されている。

 

(植野仙経)