躁状態

manic state(E), manischer Zustand(D)

抑うつ状態の対極に位置づけられる状態。以下の諸症状を呈する場合にこの術語で表現する。高揚気分、多弁、多動、注意転導性亢進、意欲亢進、逸脱行為、思考促迫、観念奔逸、易刺激性、易怒性、不眠、睡眠欲求の減少などである。多弁多動で周囲の人間に多大な迷惑をかける、真夜中であるにもかかわらず仕事関係の人間や知人に電話をかける、一般道路にもかかわらず猛スピードで自動車を走らせる、多額の借金や支払い能力を超えるほどの散財をするなど周囲を巻き込む問題行動が際立ち、外来治療では対処困難な場合が多い。抑うつ状態とは対照的に、病識が欠けるあるいは乏しい場合が目立つ。様々な物事に関心が飛び移りあれにもこれにも手を付けようとするが、注意転導性の亢進から長続きすることがない。なお、近年増加傾向にある双極Ⅱ型障害などに見られる軽躁状態では意欲が適度に亢進し集中力も保たれることで通常よりも業務の効率が上がったり創造性が発揮されたりする場合があるから、軽躁状態を単に「軽度の躁状態」ととらえて済ませるのではなく、「軽躁状態と躁状態には質的差異がある」という精神病理学的な見方があることにも留意しておく必要がある。観念奔逸は些細な連関に基づいて次から次へと様々な観念が脳裏に沸き上がる病的現象を指すが、個々の文においては主語と術語はそろっており文としての形が保持されているのに対して、統合失調症の支離滅裂では個々の文自体が文法的に崩れている場合が多く、それが観念奔逸と支離滅裂とを鑑別する一つの指標となる。気分爽快・陽気などの側面が際立つ「陽性の躁状態」と、易刺激性・易怒性が目立つ「陰性の躁状態」があって、両者が混合する場合も珍しくはない。Gebsattel, V.E.vonは内因性うつ病における抑うつ状態に「生成(Werden)の停滞・停止」を見たが、躁状態はその反対であり「生成の暴走・暴発」という形容が当てはまる。ただし、躁状態での言動は環界と決してかみ合うことがないため「空振りに終わる孤独な暴走・暴発」という印象が否めない(ということは、表面的に暴走・暴発に見えるにしても内実的には停滞・停止と似たような事態であるという解釈も成り立つ)。躁状態も抑うつ状態と同様に非特異的な状態像ではあるが、それらを生み出しそれらの上位に置かれる構造(として想定されるもの、つまり診断が指し示すもの)の数としては、躁状態の方が少ない。例えば適応障害において抑うつ状態は容易に出現しえるが、躁状態が出現することはまずないと考えてよい。


(芝伸太郎)