感情倒錯

parathymia(E) Parathymie(D)

思考内容と表出された感情がそぐわないこと、感情鈍麻と並ぶ(あるいはそれに包括される)統合失調症にみられる感情の質的障害。代表例は空笑である。わが国では感情倒錯の他にも、気分倒錯、錯感情、奇異感情の訳語がある。米国ではこれに近いものとして不適当感情inappropriate affectがよく使われる。ドイツ語のParathymieは古い文献で使われていることが多い。「患者の気分の状態が与えられた事態と反対になっていることがある。患者は自殺企図や、近親者の死のことを笑いながら語り、また何かの楽しいきっかけの際に悲しげに泣く」、「最もよく見られるのは嬉しい気分がないのに無意味に笑うことである」(Kraepelin E教科書第8版より)、「一方では眉を寄せて驚きの如き表情が表現され、他方では目尻に皺を寄せて微笑んでいるような印象がつくられ、同時に唇の端は悲しげに下がっている」(Blueler E『早発性痴呆または精神分裂病群』より)。これらの記述によれば、感情倒錯には複数の現象が含まれている。思考内容や状況にふさわしくない感情表出がみられるもの、患者の陳述する気分と表情の表出が一致しないもの、さらには表情自体の統一性が失われているもの(表情倒錯、錯表情)がある。これらに共通するのは患者の感情表出が健常者にとっては受け入れがたく不自然な印象を与えるということである。感情倒錯は統合失調症にみられるものとされているが、その評価はどうしても観察者の主観的印象を免れることはできない。感情倒錯には空笑が含まれており、典型例では確かに印象的だが、あくまで表出の異常である限り、そこに診断学的重きを置くことはできない。上記の記述は参考文献と多くの部分で重複していることを断っておく。

参考文献

古茶大樹: 気分倒錯. 臨床精神医学講座1「精神症候と疾患分類・疫学」中山書店、pp162-165, 1998

(古茶大樹)