不全感

feelings of inadequacy(E), Insuffizienzgefühle(D)

自分が何かを達成できる可能性や自己価値に対して自信がもてない状態を指す。自分自身のことを無価値、無能、役立たず、無知、怠け者、魅力がない、などとみなして苦しんでいる状態である。

この不全感は、うつ病の《症状》としてあらわれる。実際には十分に能力があるにもかかわらず、患者は「もう何もできない」「全然自信がもてなくなった」「生きている価値がなくなった」などと表現する。

一方、《パーソナリティ傾向》としての不全感もある。Schneider, K.1)の挙げた精神病質パーソナリティの類型に従えば、自信欠乏性精神病質者と無力性精神病質者がそれに当たる。

自信欠乏性精神病質者は、文字通り、自己に対する信頼や確信が不十分な人であり、不全感をその主要特徴とするパーソナリティ類型である。この類型は、2つの病態に発展する可能性をもつ。1つ目は強迫である。「失敗したのではないか」「悪いことをしたのではないか」という自分の行為に自信がもてない不全感が強迫観念の基盤となる。2つ目は、Kretschmer, E.の提唱した敏感関係妄想2)である。自信がなく小心という弱力性の要素に、自尊心や野心といった強力性の要素が混入し、倫理的な葛藤を抱えやすく、一度生起した感情が冷めづらいという特徴をあわせもったパーソナリティ類型は、Kretschmerによって「敏感性性格」と呼ばれた。敏感性性格をもった敏感者が、恥辱的な体験をきっかけとして妄想を発展させる病態が敏感関係妄想である。なお、自信欠乏性精神病質者の特徴は、DSM-5の回避性パーソナリティ障害とオーバーラップする。

無力性精神病質者は、自分の心理的・身体的能力に素朴な信頼を抱くことができないという不全感ゆえに、つねに注意を自分の心身の状態に向けて自己観察する。そのため些細な身体症状などにとらわれやすく、心気症的態度につながる。

【文献】

1) Schneider, K.:Klinische Psychopathologie. 6. Aufl. Thieme, Stuttgart, 1962. (針間博彦訳:新版臨床精神病理学 原著第15版. 文光堂, 東京, 2007.)

2) Kretschmer, E.: Der sensitive Beziehungswahn: Ein Beitrag zur Paranoiafrage und zur psychiatrischen Charakterlehre. 4. Aufl. Springer, Berlin, 1966.(切替辰哉訳: 新敏感関係妄想. パラノイア問題と精神医学的性格研究への寄与. 星和書店, 東京, 1979.)

玉田 有