嫉妬妄想

jealous delusion(E), Eifersuchtswahn(D)

自分の配偶者や愛人が,自分を裏切り,他人と性的関係や愛情関係を持つと確信する妄想。病的嫉妬 morbid jealousy(E), pathological jealousy(E) ともいう。


自傷他害の事件にまで発展する嫉妬妄想は,Shakespeare, W. の戯曲『オセロ』にちなみ,オセロ症候群 Othello syndrome とよばれる。古くはアルコール症に関連するものとして理解されてきたが,認知症などの器質性精神疾患,妄想症,統合失調症,パーソナリティ症など,さまざまな精神疾患にみられる。


嫉妬妄想には心理的機制から理解できる面もある。von Kraft-Ebing, R.は,アルコール症に伴う嫉妬妄想の機序として逆説的性障害 paradoxe Sexualstörung を提案した。飲酒によって性衝動は高まる一方,性的能力は低下する。それによって生じる性的不満を基礎とし,そこに飲酒習慣による夫婦の不和や配偶者の回避的な態度,さらにアルコールによる判断力の低下が影響し,性交ができないのは配偶者が性交を拒むからであり,それは他に愛人がいるせいだという妄想的解釈が展開する。


老年期においては,病気や老化のため配偶者より弱い立場になったときに,嫉妬妄想が出現することは珍しくない。また,そこに弱者の攻撃性や依存の歪んだ表現をみてとることもできる。橋本らによれば,認知症にみられる嫉妬妄想の背景には,認知症による認知機能低下や生活障害によって生じた配偶者との格差,配偶者への痛切な劣等感があり,その心理的苦痛を和らげるために,配偶者は背徳的で非難されるべき立場にあるという確信が寄与している。そして妄想の発現に寄与する心理的要因を和らげるために,ときには一緒に外出する機会を設けるというように患者に対する接し方を工夫する等の介入が治療上有効でありうるという。


 

(植野仙経)