船生街道の中篠井寺前停留所から東の方向に300m程行くと、東海寺の正面に突き当たる。
石段を登ると、四脚門山門の頭上にけやきの欄間(巾2.8m、高さ0.6m)に透し彫りの雲に乗ったたくましい龍の彫刻が見られる。
この龍の彫刻は、「明和四丁亥年五月都賀郡富田村(現大平町)住人磯辺儀左衛門信秀」(1767年)とある。
宇都宮市が平成九年に発行した「屋台。天棚等調査報告書」の「磯辺系の彫工系図(作図・黒崎孝雄氏)」によると、磯辺儀左衛門信秀は、磯辺系の彫工系図では、磯辺本家の初代である。
磯辺一族は、文化の中心地であった江戸で隆盛であった後藤派の流れをくむといわれている。市指定文化財の石那田屋台六台にも、それぞれ磯辺一族が関わっているようである。
坊村屋台の脇障子彫銘「磯松需」は分家三代目、岡坪屋台の「後藤常吉正秀」は磯辺家四代目の弟の子、桑原屋台収納箱「神山政五郎」は磯辺家の門人、六本木屋台「冨田住○○儀兵衛」は磯辺家分家三代目、原坪屋台「花押(後藤正秀)」は磯辺家四代目の弟が後藤を名のる。仲根屋台「磯辺儀平字松濡」は磯辺家三代目のようである。
特に文化年間期(1804~1818年)での磯辺一族の彫物師集団としての活躍は、素晴らしいものがあったようである。