市民センター前の道路を西に向かって300m程行ったところに、この薬師堂がある。
大谷石でできた祠の壁に「移転新築 昭和37年5月13日」とあり、地域で移転新築に関わった人たちの名が記録されている。
移転前は、現在地より西方にあったという。堂内にはじっかりとした厨子(仏像などを収める箱)が安置されているが、残念ながら薬師仏の姿は見られない。
厨子の前には「奉納 御宝前 施主 小池村 寛保二年壬戌卯日七口」(1742年)と陰刻された鰐口が奉納され、また、厨子の周辺には、薬師仏の従者である十二神将の像が乱雑に並んでいる。
神将の台座には、「……安永三甲午年十月二十二日 上小池村山根 施主小野八郎右門」(1774年)「……上小池原 赤羽喜左右門」の記録が残っている。
薬師信仰は、病気の平癒や幸福祈願をする薬師信仰として庶民に広く行なわれてきた。できることなら往時の人々を思いやり、壊れつつあるこの薬師堂を、後世に伝え残したいものである。