東海寺と隣り合わせに阿久津の権現とか箒根(ほうきね)権現と呼ばれる篠井神祠(阿久津秀雄氏管理)が昭和43年に市の文化財に指定された。
神祠の銅版扉には「日光山奉寄進覚 男體奉納五尺八寸刀一腰・・・等々・・・宇都宮外久次良大明神(現智賀都神社)鰐口一。・・寛文七丁未年正月吉祥日理性房良伝敬白」「篠井村長峯 悪久津兵庫(扉裏)」(1667年)等の印刻がある。
寄進の内容は一部省略してあるが、寄進品目はかなり高価で、到底個人で寄進しえない内容であり、日光山信仰によって結ばれた講組織が寄進したものと考えられる。
篠井神祠の寄進の記録には、「外久次良」の記載があるが、日光権現ともいわれる久次良神社(現日光市)を宇都宮に移したことで、「久次良」に対して「外久次良」という地名が生まれたが、それを裏付ける地名起源の資料として、この記録は大変貴重だそうである。
ちなみに、「外久次良」が徳次郎と書かれるようになったのは、天正時代の「徳次郎城主新田徳次郎」との関わりからではないかと言われている。