船生街道を北上し、中篠井の町内中心部東海寺入り口手前の道路わきに、加波山神社の石柱が立っている。
急な石段を登ったところが拝殿、さらに厳しい坂を登り詰めた所に加波山神社(標高231.1m)が祭られている。
古い祠には「文政三年庚辰年」(1820年)の記録があることから、凡そ今より190年余以前に茨城県の加波山神社より勧請したものと思われる。
祭りの際に上げる古い幟旗(のぼりばた)には、「加波山三社大権現 慶応二年 上篠井村」(1866年)とある。
幟旗の記録から慶応の時期には中篠井の存在はなく、明治の早い時期に何等かの理由で中篠井が上篠井より分離独立したものと考えられる。
明治初年の国の神仏分離の政策で、加波山三社大権現は加波山神社となり、中篠井の守護神として今に至っている。
茨城の加波山神社は古くから作神、漁船の目じるし、風・嵐の予知の神として人々から信仰されていたことから、中篠井の人々は特に作神、風・嵐の予知に霊験を感じ氏子の守り神として現在も深く神社を崇(あが)めている。