子供の頃、近所の古老に連れられて、男体山登拝に参加したことを思い出す。深夜十二時開門と同時に山頂奥社をめざし、人波に押し上げられるように上りつめ、御来光を拝み下山した。
かつての登拝者は、出立ちが擬似死であり帰還が擬似再生であったという。現在の登拝は、大方が娯楽的登拝と言っていいと思う。
上篠井高龗(たかお)神社境内に「男體山(なんたいさん)」塔(高さ150cm)がある。「文政十三庚寅年七月 吉祥天」(1830年)と刻まれている。この塔を建てた当時には、男体山講の中から代参者が選ばれ、代参者になると一週間前頃より仕事を離れ「行」(仏道の修行)につとめ出発の日を待つたといわれている。
この塔の存在から、当時の地域の人々の西の空に鎮座する男体山への厚い信仰をうかがい知ることができる。