逆川上流にあるこの太鼓橋(タイコを思わせる雰囲気がある)は、中篠井と下小池にまたがる49町歩(ha)が、国の補助を受けて明治37~42年にかけて耕地整理の事業が実施されたときに造られた橋である。
明治政府は明治32年に耕地整理法を制定したが、寄しくも日露戦争が勃発した明治37年に年を合わせるように、この事業が開始された。
同事業は、この時期(明治34~42年)河内郡内で12件の事業が実施された内の一つである。当時としては、先駆的な事業であった。この太鼓橋を先人の偉業の証として、是非末長く保存していきたいものである。