文挟街道を西に向かって仲根公民館の手前を南に折れた山中深くのところに、この毘沙門様の祠がある。
祠の前にある燈籠には「明和」(1764~1771)の年号が刻まれている。
かつては、 一月三日仲根が主催で桑原、岡坪の人々も祭りに参加していたようである。現在は、仲根地区の祭りの世話人が二月の第一日曜日に甘酒を供えるのみとなっている。
毘沙門天は、七福神(恵比寿、大黒、弁財、福禄寿、寿老人、布袋)の一つで、戦勝の神とされ、戦国時代越後の上杉謙信は、旗指物に「毘」を用いていた。
仏教では、四天王(東方の時国天、南方の増長天、西方の広目天)の一人とされ北方の守護神、多聞天として世の中のすべてのことを一切漏らさず聞くことができるとされ、広く信仰されていた。