「佐貫の観音さま」の奥の院が3月15日に開帳された。写真の曼荼羅(まんだら;県指定文化財 縦17.9×横16.5 厚0.9cm)は、前回(明治12年)開帳された際に岩穴から出土したものである。
曼荼羅中央に阿弥陀如来像、周囲に菩薩・天部僧形像の三階五列に十五体の像が見られる。裏面には「下野国 氏家郡佐貫郷厳堀……大檀那右兵衛尉橘公頼建保五年(1217年)丁巳二月・・・。」の陰刻52文字が見られる。
陰刻中の橘公頼なる人物は、氏家氏の祖といわれ鎌倉時代初期、佐貫磨崖仏の荒廃を憂いて、修復・整備した。橘公頼が、自分の名を曼荼羅に刻んだのは、その勢力が当時佐貫まで及んでいたことを示すものである。
橘公頼なる人物は、宇都宮氏三代朝綱の三男とする説がある。公頼は弓矢の名士で源頼朝の前で度々射芸を披露し、居並ぶ御家人たちの喝采を浴び、頼朝に激賞されたとする人物である。