皆を結ぶ6次産業で人と地域を元気に!
震災から5年が経過した東北にあって、6次産業化〈=1次(生産)×2次(加工)×3次(販売)〉のモデルとして注目される商業施設がある。その名は「ロク ファーム アタラタ」(宮城県名取市)。復興事業としての側面はもとより、「地方創生」の取り組みとしても話題になっている。
農林水産省の文書「6次産業化をめぐる情勢について」(平成28年6月)によると、6次産業化の意義について、「総合的かつ一体的な推進を図り、地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す」「1次から3次まで一体化した産業として農業の可能性を広げようとするもの」と強調。6次産業化の推進による地域経済への波及効果などに言及した。
アタラタでは、契約農家との連携、レストランでの食事、手作りのパンや地元の新鮮な野菜の販売、各種交流イベントなどを通して、「新たな価値の創出」「産業の可能性の拡大」に挑戦。オープンから約3年で、年間15万人が訪れるまでになった。
今回の「地域×自分」は、アタラタの代表で、同施設の母体「東北ロクプロジェクト」のメンバーである大江文彦さんにインタビュー。人々を結ぶコミュニティーの生み方、地域の力を呼び起こす仕組みなどに迫る。
東北ロクプロジェクトは、震災の復旧活動に携わり、復興へ心を一つにした6人の経営者から生まれた。
建築、不動産、飲食、福祉、コンサルティング――それぞれの分野のプロフェッショナルたちは、多くのものを失った被災地で、自然との共生や地産地消の大切さを見直し、自問自答を繰り返した。
「本当の豊かさとは何か」「本当の生きる力とは何か」――。
その中で生まれた答えが、「人が生きる根本の農と食を通して、真の豊かさを感じられる場」の創造であり、「ロク ファーム アタラタ」という場所の創出だった。
大江さんは、震災直後、被災地での救援活動に従事。小さな子どもが高齢者を助ける姿などを見て、心にある思いが込み上げてきたという。「人間は、他者との関わりの中で生きている。命と命が結び合い、絆となって、社会を地域をつくっている」
大江さんがこれまで生きてきた人生もまた、このことを深く感じるものだった。
中学生の時、父の会社が倒産。母の精神的なダメージも大きかった。迷惑を掛けたくないと、大江さんは家を出て、一人働いた。そんな自分に、友人や知り合いの大人は親切にしてくれた。
高校を中退し、会社員を経て、20歳を前に独立。右も左も分からない自分を、かわいがってくれたのは、取引先のお客さんだった。その後、経営は軌道に乗った。
現在、41歳。トラック1台の塗装業から、多くの従業員を抱える工務店の社長になった。
人との絆が、真の豊かさ、生きる力を生み出していく――それが大江さんの実感だ。
同プロジェクトのホームページに「6つの『変える』」とのコンセプトが紹介されている。
①見方を変えると見えなかったものが見えてくる②結び方を変えるとしっかりとほどけにくくなる③支え方を変えると信頼が生まれる④つくり方を変えると新しい価値が生まれる⑤仕方を変えると幸せを感じ合える⑥つながり方を変えると共感が生まれる。
この中にも、「結び」「つながり」に言及するものがある。
大江さんは強調する。「このうち『結び方を変える』は、自分本位の結び方を変えて、皆で価値を生む結び方に変わっていくことなんです」
具体的には、「消費した人が喜んだ情報を生産者にフィードバックしたり、定期的に施設に来てもらって販売の現場を見てもらう」「パンが美味しいというお客さんがいれば、『生地に使っているのは、あそこで生まれた卵なんです』と紹介し、『美味しい卵も、ぜひお召し上がりください』と販売者の連絡先を伝える」ことにしているという。
消費者が生産者と結ばれ、互いの思いが伝わる。それは、生産者側の生産意欲の向上にもつながる。
「結び方を工夫し、少し変えることで、販売促進の機能をなすだけでなく、皆が元気になるという新たな価値が生まれるんです」
加えて、収穫した物の販売先が確定しているという点で、経済基盤の安定を得られる。そのことが、6次産業モデルとしての継続の力になっている。
本年4月には、施設の一部をリニューアル。
「宮城・山形+全国の生産者と繫がる~を実感できる」店として、熊本をはじめ全国のおいしい食材を味わえるようになった。
また今後、クリエーティブな視点で衣食住の刷新に挑む団体「リバースプロジェクト」と、岩手県一関市の「世嬉の一酒造株式会社」がコラボレーションしたビール「ヨイツギ」などを提供。地産地消の食材に触れる機会のさらなる充実を目指して、ディナータイム向けの企画にも力を入れる。6次産業化の情報発信を担うアンテナ的機能を、より一層強化していくという。
雇用の面も注目だ。
今、地方の課題として挙がるのは、農林水産業の衰退などによる雇用の問題。
被災地にあっては、津波で職場が流されたりしただけでなく、風評被害などから事業縮小を迫られ、失職するケースも少なくない。
仕事をなくすことは、経済基盤の損失だけでなく、人間の生きる力まで奪っていく。
そのようなあおりを受ける、障がい者や被災者などの社会的弱者の就労支援に取り組む。
「私が生まれた山形県天童市は、将棋の駒が有名です。駒は、それぞれ役割をもっている。それと同じで、自分たち一人一人も、社会や地域の一部をなす大切な存在です」「仕事を通して、社会を構成するかけがえのない一員としての自覚をもつことで、自分を見失わずに未来へ進んでいける。自分の可能性を信じ、相手の可能性を信じることが、雇用や経済という地域の活性化につながります」
地域住民がイベントを催す場として、また災害時には一時避難所として、多くの役割が期待されるコミュニティー拠点・アタラタ。さらなる発展へ――大江さんの決意は固い。
「地域を結ぶ6次産業連携のモデルになっていけるよう、『つなぐ絆で、人を地域を日本を元気に!』との思いで、今後ともお客さまに喜んでいただけるサービスに力を入れていきます」
おおえ・ふみひこ 山形県天童市出身。株式会社東北6次産業創出支援センター代表取締役。オオホリ建託株式会社代表取締役。塗装から建築まで、顧客の視点や生活環境に寄り添うことを信条に事業を展開する。フードコンサルティングも手掛ける。
【編集】鯉渕和博 【写真(インタビュー、外観)】大沼光一 【レイアウト】鈴木一茂 写真提供:オオホリ建託株式会社
本紙土曜日付で好評のインタビュー企画「スタートライン」は、それぞれの道で“一流”の人物が、若者に向けて、より良い人生を生きるためのヒントを語る。連載は5年を超え、登場した人物も300人に迫る▼芸能人、学者、スポーツ選手、経営者、社会運動家――活躍する分野は多彩だが、多くの人に共通する言葉がある。それは、“よき人との出会いが人生を変える”ということだ▼先月18日付に登場した大江文彦さんも、その一人だった。1次(生産)、2次(加工)、3次(販売)産業を一括で扱う「6次産業化」のモデルとして注目される商業施設を営み、東北の震災復興、地方創生の取り組みとして注目される経営者だ▼父の会社が倒産し、高校も中退した大江さん。たった一人、トラック1台から始めた仕事は、取引先や知り合いなど、多くの人の助けで大きく花開いた。「人との絆が、真の豊かさ、生きる力を生み出していく」との言葉に実感がこもっていた▼御書に「善知識に値うことが最も難しいことである」(1468ページ、通解)と。よき師、そして、よき友との出会いこそ、かけがえのない人生の宝である。もう一度、“スタートライン”に立つ清新な気持ちで、友情を育み、深める夏としたい。(輪)