ここでは、本学のゼミや個人単位で令和6年能登半島地震に関わる活動を実施した学生による活動の報告を一部掲載します。
2026年6月20日~6月21日 2名
珠洲市・輪島市 (町野、門前)・穴水町に位置する計4箇所のコミュニティガーデンでお花を植える「一人一花」活動に参加し、花植えを通じた世代を超えた交流によって、安心感のある住民同士の絆を育みました。
能登半島地震から2年以上が経過した今、土砂の掻き出しや食糧配布といった活動はほとんど終了しているのだが、今回参加したような空き地の活用や地域の景観づくり、住民同士の交流の場づくりといった活動は依然として求められており、復興は継続的なプロセスであることを実感した。ガーデンを作る活動は、地域の方々の気持ちを前向きにし、日常の中に小さな楽しみや交流の機会を生み出す重要な役割を持っていると感じた。
活動では地域住民の方々や、外部から支援を行っている方や他大学から参加しているボランティアの方々とも交流する機会があった。異なる立場や経験を持つ人々と意見交換をする中で、同じ「支援」という行動であっても、それぞれの視点や目的、関わり方が異なることを知り、多角的な視点で地域課題を捉える重要性を学んだ。
今後、地域課題に取り組む際には、短期的な成果だけを求めるのではなく、時間をかけて関係性を築きながら継続的に関わる姿勢を大切にしたい。また、多様な立場の人と協働する経験を通して得た学びを活かし、異なる意見を調整しながら協力して物事を進める力を高めていきたい。
普段はあまり気にかけない場所に、皆で協力して花を植えるという体験は、私にとって地域社会とのつながりを肌で感じる貴重な機会となりました。活動を通じて、私は「小さな行動が地域を変える力」と「共通の目的を持つことによる交流の深まり」という二つの大きな収穫を得ました。花を植えるという単純な作業の中で、隣り合う方と「この花は丈夫で長く咲きますね」といった会話が自然と生まれ、世代や立場の違いを超えて「花でつながる」という共通の意識で心が一つになる感覚を味わいました。一人では小さな植栽も、多くの人が集まれば能登半島全体の彩りとなり、住民の心にも潤いを与えるのだと実感しました。
今回の経験を機に、私は今後次のような形でこの活動を活かしていきたいと考えています。
この交流の輪をさらに広げることです。今回のイベントで培った住民同士の顔の見える関係を、他の地域課題や防犯、防災といった活動にも繋げていきたいと考えています。何か困ったことがあった時に「あの時一緒に花を植えた人たち」という安心感があることは、住みやすい街づくりにおいて非常に強力な基盤になるはずです。
活動で学んだ「共に作り上げることの尊さ」を胸に、能登半島とコミュニティを大切にしていきたいと思います。花が咲き誇る街は、そこに住む人々の心も明るくします。私自身の小さな一歩が、より豊かで温かい地域社会の形成に寄与できるよう、今後も積極的に地域行事へ参加し、住民の方々との絆を深めていく所存です。
2026年6月13日~14日 7名
オーストラリアのカーティン大学から来た学生らとともに、森林保全活動や家屋整理を行いました。
整備の際には、残すべき植物について教わりながら作業を進めた。少しずつではあるが歩行ルートを確保できたことで、里山活用に向けた一歩になったと感じている。また、ぶなの森の方が今後の活用構想について語られていたことが印象的であった。里山を安全に活用できる環境を整えることは、地域住民だけでなく外部から訪れる人にとっても地域の魅力向上につながると感じた。
ボランティアを通して、地域の方々の豊かな自然を守りたいという地元愛と、震災でどんなに家が崩れても自分の家に住み続けたいと思う気持ちがとても伝わってきて、今の現状ではさまざまな問題から実現しきれていないことに悲しい気持ちになりました。
交流の場を作ることは、地域の活性化、異文化理解、課題発見ができるだけではなく、地域が自立し、持続可能な地域社会を作ることができると考える。さらに、都市部と地方の格差をなくすために、どうやって、県内、他県からの支援を円滑に仰ぐかを考えていきたい。
今回の活動で、言語や文化の壁を越えて「誰かのために行動する」という共通の目的があれば、深い絆を築けることを確信した。第二に、震災の記憶と防災意識を風化させず、周囲に伝えていく役割を担うことである。能登で見た現実と、逆境の中でも前を向く人々の強さを心に刻み、今後は日常の防災活動や、外国人留学生への防災情報の周知といった活動にも主体的に関わっていきたい。被災地でいただいた温かい思いやりを、今度は自分が社会へ還元していく所存である。
私が今まで聞いたことのない町に住む人たちにも当たり前に生活があり、コミュニティがありました。今まで、少子高齢化や過疎化などの問題はどこか他人事のように感じていましたが、人口減少によるコミュティの損失は誰かの大切な存在、居場所がなくなるということだと気付かされました。
2026年5月3日~9日 2名 (うち一名は5月3日一般社団法人ごちゃらあとの活動のみ参加)
地域内外の交流の場として新たにオープンした「らいか堂」開所式のお手伝いや、仮設住宅でのお茶会ボランティアなど、地域交流に重きを置いた活動を行いました。
集会所まで来られない人や、参加しづらい人も存在しており、参加者が固定化してしまっていた。また、仮設住宅に入居することで元々の地域コミュニティが途切れ、特に独居高齢者は孤立するリスクが高まっている。そのため、交流会に来てもらう支援だけではなく、直接訪問するアウトリーチの重要性を強く感じた。
今回の経験から、被災地のコミュニティ作りに関わりたいと考える。一人ひとりの声を直接聴き、継続的に関わりながら信頼関係を築いていきたい。さらに、若者が交流会に関わることで、これまで参加していなかった人が集まるきっかけを作れるのではないかとも感じる。今後は福祉的な視点から専門的に支援できる力を身につけ、さまざまな地域を訪れながら、それぞれの地域に合ったコミュニティ作りを学んでいきたい。
活動を通して、「居場所」について改めて考えさせられた。らいか堂では、子どもから高齢者まで、立場や年齢に関係なく、それぞれが好きな場所やモノを見つけ、思い思いの時間を過ごしていた。誰かに何かを強制されるわけではなく、ただ「そこにいてよい」と感じられる空気が流れていたことが印象的だった。
私はこれまで3回ほど能登でボランティア活動を行ってきたが、その中で「支援する側」と「支援される側」という関係性が生まれてしまう難しさを感じていた。しかし、らいか堂は地域住民も外から来たボランティアも同じ空間を共有し、再会を喜んだり新たなつながりが生まれる場ができており、まさに「ごちゃまぜの空間」の体現であった。人が自然と集まり、互いを受け入れ合える居場所づくりについて今後も考えを深め、対等な関係でつながりながら、能登へも継続的に関わっていきたい。
2026年5月3日~5日 6名(青いビブス)
金沢・七尾エリアを訪れ、青柏祭の曳出し補助や安楽寺こどもまつりの運営補助(昔遊び・ビラ配り)に従事しました。また、しるべ蔵を拠点に七尾ファンクラブの会員募集やおらっちゃ七尾の募金活動・抽選会等の事前準備から当日の呼び込み運営まで幅広く支援しました。
お祭りというものがいかにコアな部分に根付いており, 地域や人の自身につながっているのか実感することができ、お祭りや山についてだけでなく、地域の方々の想いをもっとたくさんの方に伝えたいと強く思いました。
これまで複数回の訪問を通じて、支援活動は単なる労働提供ではなく、制度・法律・情報発信・コミュニティ形成といった多層的な課題の上に成り立っていることを学んできた。特に今回の経験では、能登の魅力自体は非常に豊かであるにもかかわらず、それが十分に伝わっておらず、結果として風化が進んでいる現状に強い問題意識を持った。今後は、大学生という立場を活かし、東京など都市部から能登への関心を高める情報発信や、学生主体の復興ツアーの企画、現地学生との継続的な交流機会の創出に取り組みたい。
雨が降る中、100人以上の人たちが濡れながらも一丸となってでか山を曳く姿、そして見どころである「辻回し」を間近で見た時は、表現できない感動で涙と鳥肌が止まりませんでした。必死に声を出して一緒に山を曳いていると、地域の方から「大学生みたいな若い人が来てくれるのが一番うれしいよ」と声をかけてもらえたことが非常に嬉しかったです。
能登を支援していくうえで『よそもの』という立ち場に悩んできた自分にとって、一緒に祭りに参加できるということはとてもありがたいことであり、お祭り中、東洋大生として認知していただき、親切に青柏祭やでか山(高さ12メートル重さ20トンあるこのやまをみんなでひく)について教えていただいて、少しは受け入れてもらえたのかと思えた。いくら私たちが能登を愛していても、震災での傷は当事者のみ知るもので、私たちが理解することは到底できないと思う。しかし、灯りをともすことは私たちもできる。能登のことを思う気持ちを受け取ってもらうためにも、覚悟をもって今後の活動に取り組みたい。
今回お祭りに参加してすっかり七尾市のお祭りに惚れてしまったのだが、きっとそれは私たちだけではなく初めて能登に行く人々に対しても感じていただけることだと思う。七尾市は大きなお祭りがいくつも存在し、継続的に行きたくなる“きっかけ”というものが多くある。そのため、お祭りを通して能登の魅力を体で体験し能登を大好きになってもらい、継続的に支援活動を行ってもらえるような仕組みづくりは可能だと感じる。
私たちがお寺で子供たちと遊ぶだけで、子育てをがんばっている父母は少しでも休息を取ることができるという気づきを得ることができた。また、子供たちと遊ぶ場があれば、子育てをしている父・母同士で交流も生まれ、新たなコミュニティ形成にも繋がる。どの地域でもいえるが、子は宝物である。そんな子供たちを少しでも育てやすくできるようなコミュニティづくりやイベントづくりを学生も行うことができるのではないかと感じた。