輪島市門前阿岸第一団地
仮設住宅住人の方との交流会
・災害を体験したことがないので、被災した人たちの実体験の話を聞くことで、自分が被災した時にどのような障害が生まれ、どのような対策するべきなのかを学ぶことができました。
・交流会に来ていただいた人々が優しい方で、多くのことを話していただけたのが嬉しかったです。今日お聞きできた話を胸に刻み、明日からの活動に繋げていこうと思います。
・交流会で打ち解けたあとに学生から提案があり、震災時の体験や準備しておくべきこと等、質問形式で話をうかがった。最後は人生論にまで至り、学生も我々職員も考えさせられる気づきに溢れた時間になった。震災を自分ごととして捉え、日々の備えはもちろん、この方々のような日常的なコミュニティや繋がりの大切を学んだ。東京で希薄であるこの面を肝に銘じたい。(職員)
輪島市白米町、河井町
支援物資の整頓、仕分け、配布
・今日は、豪雨の影響を受けた住宅の車庫の泥出しを行った後、幼稚園の園庭の土を運んだ。住宅は、家のすぐ前や後ろに土砂が流れ込んでおり、住宅にも影響があったそうだ。車庫には土砂が固まっていた。まず、車庫の中の荷物などを運び出し、分別をした。ほとんどが土砂に埋もれている状態だった。土砂はスコップで掘り、運搬用一輪車に入れて運び出した。土砂の中に鎌など刃物が埋まっていることがあり、注意が必要だった。
午後からは、幼稚園の園庭の土を運んだ。この幼稚園は、豪雨の影響で浸水の被害にあったそうだ。園庭の土を新しく入れ替えるそうで、土の運び出しをした。
・実際に泥出しなどを行うことは初めてだったが、思っていた以上に体力が必要なことが分かった。終わった後は達成感があり、ボランティアの力に魅力を感じることができた。
・自衛隊や重機は緊急を要する場所で活動している為、かなりの重労働を町の人やボランティアに来た人達がやらなければならないことに驚きました。
・まだまだ豪雨による泥出しなどのニーズがあることを改めて知った。実際に土砂崩れの現場を見たことにより、災害が身近なものに感じられ、危機感を持った。未だに道路が土砂の影響で狭くなっている場所もあり、すぐに復興することの難しさを知った。だからこそ、継続的な支援というものの大切さを思い知った。
・支援物資の配布に500人以上の方が訪れ、皆さんが嬉しそうにしていたのを見て、私も嬉しい気持ちになりました。
・亡くなった方の家にお邪魔し、家財を廃棄するということを初めて経験しました。人さまのものを勝手に捨てるということに抵抗を感じましたが、それをせざるを得ない現実に悲しくなりました。
・こども園の園庭の泥出しは、芝生を根こそぎ剥がしとる必要があるため、大変体力を使う上、なかなか進まないもどかしさがある。(3週間前から少しずつ進めている状況とのこと)また依頼主と対面しながらの活動ではないため、達成感を得にくい面がある。それに対して学生にどのような声がけができるのか、難題であると感じた。
輪島VCの活動にたびたび参加されている大場氏に終日同行いただき、様々にサポートいただいた。大変有り難かった。「ボランティアは楽しむもんだよ」と学生に話しているのが印象的であった。深い言葉である。(職員)
重蔵神社
ユニセフテント内の支援物資の整理、支援物資配布会の補助
・支援物資として届いているものと現地の人が必要としているニーズとのギャップがあるのではないかと感じました。また、1年たった今でも支援を必要としている人は多いということがわかりました。
・今日の場合はタオルのように、届いた支援物資が最大限に活用できずに廃棄しなければならない現状を見て、もどかしい気持ちになった。また、今日は消毒ジェルの配布を行ったが、遠慮する方もいらっしゃったという。正直、現在必要のない物資も多数テントにあったと感じた。難しいことだが、支援物資を送る側も、ニーズに合った物資を送ることが大切だと感じることができた。
・今日は2大学の学生と職員が合わさりマンパワーが潤沢であったこと、また天気にも恵まれて物資配布会も今までで2番目に多い519名の住民がいらした。しかし学生が来られない期間の方が圧倒的に長いわけであり、普段は地元住民の協力者を中心に配布会が運営されており、物資の運搬や配布のマンパワーが少ない中で実施されていることが想像される。天気の悪い日はさらに大変であろう。切れ目の無いボランティア人員の配置というのが難しい状況であることの"もどかしさ"のようなものを感じた一日でもあった。
・夏のボランティアの時と比べて、少しずつ現地のニーズが変化していると感じることができた。それに伴って、ボランティアや物資を送る側も対応していかなければならないと感じた。今日は支援物資の配布の手伝いを行ったが、「ありがとう」と言ってくださる方が多く、それがとても嬉しかった。今日は自分たちと明治学院大学のボランティアの学生が加わって支援物資配布の準備をしたが、毎回多くの人数で準備出来る訳ではない。これだけの人数でも準備や配布が大変だったため、通常は更に大変なのだろうと思った。継続的な支援とは、簡単に出来るものではなく、多くの人の協力で成り立っていることを実感した。
・水害の影響で大量に捨てられたタオルに関して、ビニール袋で事前に包んでおくという知識を広めるべきだと感じた。せっかくの支援が無碍になっている現場を見てとても悲しい気持ちになった。また、支援先のニーズに合わせた支援物質を送る側はきちんと考えるべきだと思う。また、(忙しく手が回らないかもしれないが)必要な物リストなどをインターネット上で提示し、ニーズに沿うように工夫をすることが求められると考えた。
輪島市河井町
家屋整理
・輪島VCからの依頼案件であったが、今回の作業は震災や水害に直接関連するものではなく、家の整理に近しいものであった。ただ、今後は、震災を機とした高齢者の断捨離やミニマム生活への転換に伴う依頼案件も増えてくるのかもしれない。輪島VCとしてはそのような案件にも基本的に対応するスタンスということであった。
・家主のお母様が有識者で、能登地震に関するご自身の考えを話して下さりました。お話の内容がとても深く、新たな視点で能登の状況を知ることができました。例えば、大企業がいないから街を支える企業がいない、市役所職員が50人も退職してしまった、働く世代の中間層がほとんどいなくなってしまった、水害が1番大変だったことなど。
・奥様が何と本学社会学部の卒業生で学生と盛り上がり、昼食やお茶菓子までご馳走になりながら、作業だけでなく、旦那さんと共に、震災のこと、水害のことをお話しくださり、学生と共に貴重な経験をすることができた。「東京でもいつ起きるかわからないので、冷静に備えておいた方がよい」「将来の夢に向かって頑張ってほしい」といったメッセージが印象的であった。ゴミ出しについては自分が軽トラックで集積所を4往復したが、集積所では職員の方が迅速に分別と指示出しをしてくださり、スムーズであった。当初は持込物や分別等が厳しかったそうだが、最近は緩和されているとのこと。
・O様には本当に良くしていただき、幸運なめぐり逢いに感謝の一言である。最後には整理の途中で出てきた輪島塗の器をみんなでいただくなど、思い出に残る一日となった。文通プロジェクト等で今後も繋がりを持つことはもちろん、何よりも今日の経験や伺った貴重な話を他の学生等へ共有すると共に、いつまでも記憶に残しておくことが大切である。(職員)
重蔵神社
除雪作業、支援物資の配布
・初日から雪が降っていたため、イレギュラーな動きが多かったが、支援物資を受け取る人が受け取りやすいように物資を配置することや、雪かきを行うことで通り道の安全を確保することなど、多くの人がより快適に行動できるようにするためにはどうすればよいか、考えを巡らせながら活動することができました。
・被災者の方々に直接物資を配布したことにより、感謝される経験をした。困っている人の手助けをすることで、少しでも自分自身が人の役に立てていると実感できる良い機会となった。
・震災や災害からしばらく経った今もなお、被災者が数多くいらして、支援物資を頼りに生活しているということがわかった。
宅田第3団地、マリンタウン第1〜3団地
物資配布・チラシポスティング・物資積み込み
・物資の配布は多くの人に需要のあるものを多く配ることが大切であり、事前準備や動線確保、スタッフの意思疎通が大切であることを学んだ。また、ボランティアとしてきているため、住民の方々に受け入れてもらえるよう笑顔で挨拶をすることなど、初歩的なことがとても大切だと思った。
・地域のことを知るためにも、積極的に対象者と関わりを作ることが大切なのだと感じることができた。明日は仮設住宅の方々とより多く関わってニーズを見つけることが求められる日になると思うので、しっかりと取り組んでいきたい。
・一つ一つのボランティア活動するにあたって、チラシのポスティングといった事前準備をすることで、地域住民が活動を知る機会になり、参加につながるといった流れを知ることができた。
輪島市内仮設住宅
仮設住宅の訪問
・実際に被災した住民の様子を知ることで、これから先対処すべき課題などを把握して、次に何ができるのかなどを考えるきっかけになった。利用者との関わりを作る上で、どういった声掛けなどが良いかなどを考えた。
・反省会の際にもっと自分から意見やその時思ったことなどを伝えればより良かったなと思った。学生が感じた視点をもっと地域の人達に伝えていきたい。
・初めて今日仮設住宅に住む方と話した。今までは災害の被害を修復する作業が多かったが、そうではなく、人々に寄り添った活動をすることができて良かった。
・地域の人たちと関わりを持ったりする中で、普段何気ない日常を送れるということはとても幸せなことなのだと強く思うことができた。これから先もストレングスを探しながら日々の生活を送っていきたい。
・被災している方は沢山いらっしゃって、なおかつ公共の施設が倒壊していたり、行政の仕事が山ほど残されていると感じた。メディアでは、行政の対応に問題があるといった旨の報道がされている。ただ、現状を見ると仕事は山ほどあって一つ一つ被災者の納得した支援をしていく難しさというのは大いにあるのではないかと感じた。
マリンタウン
物資配布(ヒートテック)
・今回の活動場所で地域の人達が集まった時に「久しぶり」などと声を掛け合っている姿などを見て、1つの居場所になっているのだと感じました。まだまだ復興に向けては厳しい部分もありますが、こうした取り組みを通して得られる地域のコミュニティなども大切にしていくことで次に繋がることはあると思うので、活かしていきたいと思います。
・ピースボートの方々と1日活動を共にして、状況が変わる中で相手のニーズに応じて対応する大切さを学んだ。
阿岸第一団地
交流会
・私たち学生は、楽しいイベントにしようと思い、ゲームを企画していた。しかし、高齢者の方は私たちと近い距離で雑談など気軽な会を開きたかったようだった。今後は高齢者の方が気軽に参加できるような会を開いていきたい。
・実習先でご高齢の方と話すタイミングはあったので、コミュニケーションはうまく取れると思っていた。しかし実際には難しく、どこまで話していいのか分からず、貴重な時間を無駄にしてしまった。しかし、話していると自分の生活のことなどを愚痴のような形で話されることもあったので、話を聞くことも大切なのだと感じた。だからこそ、私たちは相手がどれだけ話しやすい環境を作れるかが大切だと感じた。その点については実習と変わらないと思った。
・あまり遠くへいける様な年齢でない方々が多かった。だからこそ、日常に少し変化があるだけでリフレッシュになっていると感じた。何するでなくても、話をするだけで十分な気がした。
・仮設住宅に住む方達に「この辺の人も東洋大学に行ってるわよ。」や「東洋大学覚えたのよ。駅伝とかでも東洋大学を見かけると、あの子たちの大学ねって思うの。」と言われた。
民宿満月
家財移動・搬出
・最後のボランティアセンターで会ったおじさんが言っていた「被災者の方に寄り添う」大切さを改めて学んだ。私たちが訪れた時も、いつも嬉しそうな顔をしてくださり、自分も元気をもらう。
・今日は力仕事がメインだった。量や重さもあり、ご高齢のおふたりでは撤去や整理が出来ない状況にあった。ボランティアや業者に依頼しなければずっとあのままだったと考えると悲しい気持ちになる。そんな時に少しでも力になれたことが嬉しい。
・活動しながらその家の方たちとコミュニケーションをとることで、その家具にまつわることを聞いたりすることができ自分自身も楽しいボランティアとなった。何事も楽しんでやるといいのかなと思った。疲れることも多かったが、それ以上に楽しく、今日は色々な人に会えたことが嬉しかった。ボランティアを楽しいと言っていいのか分からないけれど、その土地の人とこうした形で会い関われることは素敵なことだと思った。
・満月のご主人、奥さんの住宅を見て、2人じゃ運びきれない量の家財があったので、私たちボランティアの活動の大切さに気づいた。体調が万全ではない中で輪島にいらしていたり、また建て直したら再開したいと言うのを聞いて本当に輪島が好きなんだなと感じた。
重蔵神社
清掃、食糧配布の手伝い
・物を渡すだけではなく「素敵なカバンですね。」「こんな感じの種類のチョコレートです!」のようにコミュニケーションをとっていくことが大切なのだと思った。そうすることで活気も出ると思うし、何よりも自分自身が楽しめると思ったからだ。列が詰まったときに何も話さないと気まずいけれど、話すことでたくさんの情報が得られた。
・地域の方々との交流の中で困り事やして欲しいことなど何を求めているのかを生の声で聞くことが出来た。また、私の人生においてもこの先役立つような知識や知恵、考え方などを教えて頂き、貴重な経験になった。
・最初は野菜を配布していたが、集まった人数が多くなくなってしまったため、お菓子などに差し替えて運営しており、野菜に限らず様々な食料が足りていないという現状があることに気づいた。
・配給をして、多くの方々に「ありがとう」と言われて、自分達の方がありがとうございますと言うべきなはずなのに、本当に温かい人たちが多いなと思った。自分が被災した側になった時のことを想像してみると、自分が人にお礼を言えるとは思わない。本当にお互いが感謝している良い空間だった。
・他のボランティアの人たちが、配給された学校のジャージなどを実際に着てモデルになり、来た人と触れ合っているなど、自分たちがものすごく楽しんでやっていたことが印象的だった。暗い雰囲気だと私自身も盛り上がれないし、来た人たちも悲しくなると思う。自然と笑顔のあふれる雰囲気をつくっていて、心からこのボランティアを楽しんでいるのが伝わり、私も楽しくやろうと思えた。
・笑顔で話しかけることが何よりも大切なのだと感じた。下を向いてムッとした表情の人からは誰ももらいたくないと思う。自分が受け取る側ならどんな受け取り方がいいのかを考えた結果、笑顔で一人一人に「どうぞ」と声をかけることだった。全然苦ではなく、自然と声も出たので、笑顔でいることは大切なことなのだと思った。
・杖をついた方やベビーカーを押した人らが、重い水を持って帰られる姿を何度も見た。「本当に持ち帰れるかな。手伝ったほうがいいかな。」と思ったが、現地のボランティアの方によると、「次もやってもらう。前はやってもらったのに。」と他の人と比べられる原因になるのだと知った。自分にとっては良いことをしたつもりでも、それが全体からみて良いことではないのだと感じた。自分勝手な行動はせずに、あらかじめ分かる範囲で手伝いを必要とされる方は把握したり、他の人に聞いたりなど大切なのだと思った。団体としての行動の大切さを知った。
・食料配布の際、貰い手側から温かな言葉をたくさんいただいた。ボランティアする側が支援活動に従事しやすいようにとの配慮を感じた。
・配給に来た全員に等しく物資が配られる訳では無いという現実があった。もっと継続的に十分な量の物資の供給が必要。高齢者の方は水を配給された時にとても重たそうで、よろめく姿も見られた。帰る途中で怪我をしてしまってもおかしくない状況だったので、配って終わりにしてしまうのは…と少し思うところがあった。
・「いつもの東洋大学、ありがとね」と声をかけていただいた。
マリンタウン第2団地
仮設住宅訪問
・今回のボランティアで一番、災害を受けた方の生の声を聞けた気がする。今だからこそ話せる災害時のことや、仮設での生活、住宅の被害の様子など、何を聞くことが必要なのかを学べた。また、不在時の確認の仕方や声のかけ方、何気ない一言一言の言葉選びなども学べた。
・住民の話を聞くのには、能登の方言へのある程度の理解、地名や近隣施設名などの地理的な情報を知っておかないと対話が難しい。
・実際の住居者の方々の声を聞けたのが大きかった。元の自宅を解体するのか、残すのか、仮設に住み続けるのかなど、様々な葛藤を抱えられていた。自宅に思い入れがあり、公費で解体できるからと言って簡単には踏み切れない方々が多かった。
三井第一団地集会所
交流会
・サロン活動(交流会)という支援も、ひとつのボランティアの形であるということを再認識させられた。何気ない会話のなかで、日頃の不満やストレスの吐き出し口になれたと思う。また、小さな希望や要望なども伺うことができた。
・能登の方々から色々な話を聞くことができた。能登の方から聞いた話や、交流を通して、人との繋がりの大切さを知ることができた。また、クイズ大会のときに話を聞くことと、司会進行を助けることのバランスなどを考えることで、臨機応変な行動ができた。来ていただいた方に感謝の気持ちを込めて接した。
・地域交流が活発でない地域での交流会の人集めに苦戦した。また、情報が行き渡っておらず、学生側が知ってほしいと思っていても、実際には自分のことだけで精一杯で負担と感じてしまったり、スマホをあまり使ってない人や外に出る機会の少ない人に伝えることができていないという課題が挙げられる。
・学生が発案した文通プロジェクトが、能登の方々にとって文通という形だとむしろ負担になったり、現地では切手やハガキがまだ郵便局でも売られていないことから、能登の方々のニーズと私たちが良かれと思っていたプロジェクトとのギャップを感じた。
・三井は私が8月にカレーの炊き出しを手伝ったところでした。私が公民館に顔を出すとカレーの炊き出しの話をしてくれて気づいていただけました!
鳳至町、河井町、旧輪島市立上野台中学校
家財運搬・処分(重いもの中心),ブロック塀の破壊,中学校体育館内資材置き場づくり
・「これはゴミ」と言われたとしても、その持ち主にとっては大切な物であるため、土足で入る際にも失礼のないように気を配った。被災者という視点ではなく、生活していた空間にボランティアとして関わらせていただくという姿勢を学ぶことができた。
・初めてVCのマッチングの流れを当事者として体験した。大変勉強になった。3件とも毛色の違う依頼で、さまざまな種類の災ボラを経験することができた。被災された方との近い距離で行った活動は、貴重な経験となった。
・今回、クールメンバー内で自然に役割分担ができていた。日に日にレベルアップしている。家財整理では、依頼者に寄り添うことによって、徐々に心を許してくれたように感じた。また、ご一緒した個人ボランティアの方の経験値が高く、学ぶことが多かった。
重蔵神社
衣類の仕分け・運搬、支援物資運搬・陳列・配布など
・夕食のときに偶然ボランティアのときに知り合った方と一緒になり、お話を聞くことができました。輪島の方は口下手で、「ありがとう」は方言で「きのどくねー」とおっしゃるそうです。なので助けてということは言いにくいけど本当は助けがほしくて、「忘れないでほしい、また来てほしい」と思っているとおっしゃっていました。もちろん輪島の方も色んな考えがあることだと思いますが、一つの意見として聞けたことはとても貴重なことだったと思います。
・実際に物資が届いてからの配給作業に関わったことがなかったため、経験としても貴重な時間であった。また、配給の準備から配給作業で、多くの輪島の方と接する機会でもあった。物資を提供することは、必要であり大切でもあるが、その配給にも課題もあるということに気づいた。
・配給のボランティアを体験したことで、ボランティア活動の中でもやりがいを感じることが多い活動であったと感じる。しかし、時にそれは物資の需要と供給が合っていないこともあり、本当の意味で被災されている方の支援になっているのか、施しのような「支援してますよ」のような形になっていると感じることもあった。配給は震災から一年以上経った今でも、3時間も前から人が並び始め、開始時間前に長蛇の列ができる。しかし、消毒液を例に挙げると、在庫を渡し切りたいという配る側の都合から、押し売りのような状態もできてしまっていた。限られたスペースの仮設住宅の方にとって、配給物資の中には負担になることもあると思う。
・日を追うごとに、クールメンバー内の連携が強化されているように感じる。皆が自らで仕事を見つけ、常に動いているのが印象的だった。複数人で支援に入っていたため、バケツリレー形式で支援物資を運び出したり陳列したりと、かなり効率的にできたのではないかと思う。ボランティア全般に当てはまる、「恐れるな、まずやってみよう。」という心構えを大切にして欲しい。失敗を恐れて何も動かなかった結果得られたものが全くない状態よりも、実際に失敗を恐れずに動いてみて、良くも悪くもそれに対して結果が出た際に、反省なり分析なりして自分自身で考えることが重要だと私は思う。そこから得られる経験知を大切にしていきたいと思った。
輪島市サン・アリーナ、輪島市文化会館、二俣町第1団地,輪島市立河原田小学校
物資の確認、物資配布のチラシポスティング、避難所の撤去
・誰がボランティアに入っても分かるように、衣料品のサイズをダンボールごとに一つひとつ大きく書く作業を行った。細かい作業には感じるが、これをやるとやらないとでは作業効率が大きく変わってくる。ストレスなく支援を続けるためにも、こうした裏方的な作業も一つの支援のあり方なのだと実感することができた。
・3日目とは異なり、4日目はピースボートの山脇さんがずっと帯同してくださった。細かく指示を出していただけたことで、スムーズに作業ができたと感じる。ダンボールベッドにもいろいろな種類があり、テープを必要としないものもあり、勉強になった。
三井第一団地集会所
交流会
・交流会を初めてしたが、交流会の進行や皆さんが楽しんでくれる工夫を学びました。行く前までは、交流会についてわからないことが多々ありました。しかし実際にしてみると、交流会ではあたたかい飲み物や、お菓子を出すことではじめの壁を取り壊すことができることや、普通のゲームよりも高齢者の方は肩揉みを好むことがわかりました。実際にしてみるまで何もわからないため、経験することの大切さを学びました。
・住民の方々がとても仲が良く、地域の方々の連携がとても取れているのだと感じました。また、肩揉みなどのマッサージをした際にとても喜んでおられたので、人に喜んでもらうのはとても素晴らしいことだと改めて感じました。
・高齢者の方は、肩もみをしますというと、そのような機会が無いからという事で大変喜ばれた。また触れることで距離が近くなることから14時~16時半までひっきりなしに16名の方が来られ、会話もとても盛り上がった。長い方は2時間近くいらっしゃった。ただ一緒にゲームをするだけではなく、きっかけ作りは大切だと思った。
・今回三井第1団地集会所の皆様とお話させていただき、多くのことを得ることができました。被災地の現状や、被災された方々の生活の大変さ、そして諦めずに復興に励むその勇気に触れて、能登のことを色々と知ることができたと思います。
・今回の交流会を機に、初めて集会場に来た人がいた。三井仮設住宅は、LINEグループラインや掲示板を使い、交流会の情報を知ることができるようになっていて、連携が取れていた。あとで他の仮設住宅に住んでいる方に聞いた話だが、このように連携が取れているのは珍しいと言っていた。
・近所の人は解体と同時にいなくなったと言われ、心が苦しくなった。去年の夏に来たときよりも、新築を建ててたり、車が多くいたり、クレーンがたくさん稼働していた。
・空港近くの地域は、比較的早く電気や水道が通ったらしい。また、今日の行きで見た感じ道路の整備は、ルートイン近くよりも空港近辺の地域の方が整備されていた。そのため、地域によって復興の進み具合に差が出ることを実感した。また、3月16日に災害ゴミ回収が終了するらしい。話していると必ずその話題が出てくるほど皆さん心配していらっしゃった。
輪島道の駅交流センター・輪島市立港公民館
交流会
・かなり輪島市の方々同士でお話が盛り上がっていたので、中に入る隙があまりなかった。積極的にお話したり、もっと東京の話をしたり、輪島市のことを聞いたりするべきだった。耳が聞こえにくい方もなかにはいたので、UDトークを事前に入れたり、筆談用のホワイトボードを用意したり工夫できることが、もっと色々あったと考えられる。
・「震災後こういう交流会には初めて来た、こういう話をする場所は少ないので嬉しい」と言っていた方々いた。また、「8月まで金沢のみなし住宅にいて、8月から仮設住宅に住んでいる。だけど今住んでいる仮設住宅には、もともと住んでいる地域からの知り合いが3人しかいない。仮設住宅の集会場は、その人達しか知らないから、集まりがあっても行かない。だから、わざわざここの交流場所に行くんだよ。」と言っている方がいた。今日のように、みんな知り合いで、交流が盛んな交流場所での交流会開催も良いが、異なる地域の人が集まる仮設住宅の集会場でも集まれるような交流会を作り、その方達が仲良くなれるきっかけを作ることができれば良いなと思った。
・今日は一日目よりも多くの方と触れ合っていきました。カルタやトランプをしながら雑談など能登の災害のことを色々聞きました。特に輪島のカルタでは1枚ごとに全て丁寧に説明して下さり、能登についての知識がたくさん身につきました。話を伺う中で、地震が起きてから1年ぶりに会ったという方や未だに会ってない人がいるという方もいました。自分のことに手一杯で友達と連絡もする余裕がないということで、そういった方が他にも沢山いると考えると胸が痛くなりました。早くお会い出来ることを願っています。
・輪島カルタを使って学生と一緒にカルタを行った。(社福祉協議会準備)輪島カルタは輪島についての事が題材になっており、裏面に説明が書いてあった。学生もカルタで取った後にこの内容などんな内容なのかを高齢者の方々が説明してくれて、聞くことによって輪島の歴史や観光地の事などをとても知れた。その流れで大学生に対して質問も広がり午前午後とても盛り上がった。皆さんから若いこと話すと活力が出る、また来るときは教えてほしい。また来たい。と帰りにたくさん言ってもらい学生は嬉しそうであった。(職員)
・あまり、ボランティアでお手伝いで交流しにきたという意識より、みなさんに会いに来た、お話しを聞きに来た、輪島市に遊びに来たという精神で取り組むほうが良いと思いました。
・家にいても、笑ったり遊んだりすることがなかったり、交流会などもあまり開催されることがなかったり、回覧板など情報を回すものがなかったりと、寂しい思いをしている方が沢山いることを知りました。車が運転できないと生きていけない市のため、足が悪い人は、遠くに行くこともできず、バスを使うか、周りの知り合いに助けてもらうかなど、手段がとても少なく、不便な暮らしをしている方もいるということを知りました。
・解体のトラックの音がほとんどで、前はもっと賑わっていたと、今の輪島市の現状を不満に思っている方もいて、放置されているより、作業が進んでいることは、良いことだと思っていたのですが、あまりにも工事中だらけだと、生活が苦しくなるというジレンマのある状況だと感じました。
・なんのために、ボランティアに来ているのか、役に立てているのだろうか、お年寄りの方の癒しや刺激になれたのだろうか、自分の行動を振り返ってみたとき、みなさんの笑顔や感謝を通して、やっと実感が湧く感じがしました。
・もともと住んでいる場所から離れたところにある仮設住宅に住んでいる方は、元の地域の交流会に行きたいが、その情報が回ってこないと言っていた。三井仮設住宅には、LINEグループがあると伝えたら、スマホは難しくて使えない、とおっしゃられた。交流会情報の伝達の仕組みを青いビブスでも考案できれば良いなと思った。また、交流会が盛んでない場所での交流会の開催などもしていきたい。
重蔵神社
神社の瓦礫や木くずなどの撤去作業、配布するための食糧の準備、アンケート調査の実施
・最初に重蔵神社の瓦礫や木屑の撤去を行いましたが、思った以上に大変な作業でした。現地の方々がこれを毎日行っていると考えるととても尊敬します。また午後から行った食糧配布では、週に一回このような催しが開かれるようで、とても助かっていると来ていた方が仰っていました。しかし、早い者勝ちで貰えない方がいると考えるとまだ全然足りていないので、もっと各地から支援を行って欲しいと思いました。
配布中に行ったアンケートでは、やはり震災後に失業してしまって現在無職で、お金に困っているという方が多かったです。また、「今東京など他の場所で大きな災害が起きてしまったらそちらに支援がいってしまいこちらに手が回らなくなるだろうから怖い。」と言う方もいました。まだまだ被災者の方々が困っていることや怖いことがあると思うので少しずつでいいから確実にその不安を取り除いてあげて欲しいと心から思いました。
・輪島市の復興支援で、建物の作り直しや建て直しが行われているが、それが何の意味をなすのだろうか。若い人はどんどん都会の方へと流れていき、お年寄りしかいない場所は後回しにされている。輪島市の未来が見えないという現実を、現地の人の声を聞いて、目の当たりにしました。
輪島市の未来をもっと見るなら、新しくできる病院のとなりに大学を作ったら良いのではないかと考えている人もいました。大学病院があれば、生徒として、若い人を輪島市に呼び込めたり、輪島市内の医療機関が充実することで、今仮設住宅で鬱気味になっていたり、精神的にストレスを抱えたりしている人を救えるのではないかと、輪島市のことを思い、未来を考えている方がいらっしゃいました。
アンケート調査で意見を聞いて取りまとめることも大事だと思いますが、上がなかなか動かないなら、動けないほど滞っているなら、私たちが動くべきなのではないのでしょうか。私は、困っている輪島市の方を助けることはできているのでしょうか。自分のやっていることに疑問と苦しさを感じてしまいました。瓦礫の撤去作業や、食料配布の物資運びをしている時間が一番働きがいがあり、役に立っていると実感できました。
輪島市大屋小学校(避難所)、仮設住宅
チラシ配り、仮設住宅訪問、避難所の片付けの手伝い(段ボールまとめ、清掃等)
・仮設住宅に行き、チラシを配ったり訪問したりなどの活動を行いました。雨がかなり降っていて大変でしたが、仮設住宅に住んでいる多くの方から「雨の中ご苦労様、ありがとう」と声をかけて下さり、災害で自分のことで精一杯なはずなのに他人に対しても気配りができる能登の方に心が温まりました。
仮設住宅は外見もさることながら内装もあまり住みやすいと言えるものではなく、そこに住まざるを得ないという状況に悲しくなりました。早く街が再建されて欲しいと思います。
仮設住宅の訪問が早く終わったので避難所の1つである大屋小学校に伺いました。避難所をみてまず思ったことは、「自分だったらこのような状況は耐えられない」ということです。テントは実際に中に入ってみると窮屈でベッドはダンボールで作られたものでした。そんな中で励まし合いながら生きている能登の方々は本当に強く、生きるのを諦めない勇気を感じました。
・市役所の方が何度も訪問しているため、住民の方々の中には訪問や市役所を疎ましく感じている人もいると聞いていたので少し不安でしたが、優しい人が多く、雨の中ご苦労さまと、声をかけてくださる方が多くいて、その優しさにとても感動しました。また、仮設住宅という狭い部屋で、日々ストレスや過去のトラウマなどの困難と戦っている方が沢山いて、その中で幸せを見つけて頑張っている。そんな強くて頑張っている方々の支援ができて本当に良かったです。
テレビで見ていただけじゃ、現状や辛さを理解することはできなかったし、行動することができない自分に苛立ちと不満を感じていたので、今回大学の力をお借りして、動くことができて良かったです。自分には何もない、できることなんてないと思っていたのですが、今回のボランティアを通して、輪島市の方の優しさと笑顔に触れて、感謝を受け取ることで、自分にもできることがあるんだと、自分を見つめ直すことができました。最近は、能登のボランティアの数も減り、人手不足だったり、モチベがないお手伝いの方もいるという声もお聞きしていたので、動くことができて良かったです。また、自分にできることで、誰かを幸せにすることが少しはできたんじゃないかと、自信にも繋がりました。
災害の辛さを全て理解し分かることはできないけど、自分なりにできることを通して、輪島市のことを考え、真摯に向き合うことができました。輪島市はこれからどうしたらよいのか、社会学部の中で学んでいきたいとも思いました。また、輪島市の人の心がもっと、晴れやかなものになるように、社会心理学科で人との関わり方や接し方、人を喜ばせるにはどうしたらよいか、笑顔になってもらうにはどうしたらよいのかを学んでいきたいと思います。
宅田第二住宅 談話室
交流会
・事前のポスティングおよび当日も各戸訪問をするなど学生達は広報活動を行ったが、結果的に参加者は0であった。他のクールでは人が集まっていたこともあり、最初は戸惑い等もあったが、各戸訪問をした際の状況を共有し、「仮設地域の特色」や「この地域でふさわしい活動」は何かなど、冷静に分析を行うことができた。
・本日は宅田第二団地にて、住民の方と交流会を行う予定で、何人か住民の方々ささを勧誘したものの集まらず、会を開くことができなかったため、課題や今後の期待をよく考える機会となった。しかし、声掛けの際優しく笑顔で対応してくださった地元の方の温かさに触れることができた。
・輪島周辺の建物や道路の撤去がかなり進んだと感じた。また、今日の交流会の結果を経て、現地の人達がなにを求めているのかをより詳しく考えていく必要があると感じた。自分たちが相手のためにと考える行動が相手にとって迷惑になることではないか判断する必要があるのと同時に、その場その場での臨機応変な対応が求められると考える。
・仮設住宅に居住する人々の特徴を認識し、それぞれの地域にふさわしい活動の提供を検討する必要があることを学んだ。
・宅田第2団地の方々は車を持っている比較的元気な高齢者が多く、自分たちのみで自立した生活を送る人が多いという印象を受けた。昼間にして留守率は2分の1と高く、中には親を介護する高齢者世帯や子供がいる世帯も存在した。14時には自分たち含め3組のボランティア団体がいたため、普段からかなり頻繁に訪問を受けているのではないかとか考えた。また、私が11月に行った時の状況と比べかなり整備されたと実感しました。道路の舗装や崩壊した家屋の解体作業などに手が回っていました。そこに住む人々の生活には親子で買い物に行く人たちや子供たち3人で遊ぶ姿など、被災前の日常を取り戻していると感じました。その理由には住む家があり、水・電気・ガスなどの必要最低限なライフラインが整った上で精神的な充足が満たされていったからだと考えます。形を変えてその暮らし方に慣れていった証拠でもあると思いました。
・仮設住宅地の様子はとても静かで、普通の住宅街と変わらないような落ち着きがあった。住民同士のコミュニティはあまり見受けられず、平均的に見て50〜80代、1人で住まわれる方が多かった。中には小さな子供がいるご家庭もあった。勧誘しようと声をかけると、優しく笑顔で対応してくださり、住民の方々の温かさを感じた。
私たち以外にもボランティア団体がいくつか来ており、一軒ずつ訪問して食料の配布などを行っていたり、聞き取りをしたりしているようだった。この上で、私たちが交流会のために声掛けするとなると、住民の方々は何回も対応することを強いられるため、負担になっているのではないかと心配になる点もあった。交流会に関して地元の方々にとって参加のハードルが高くならないよう、初対面、初交流でなくあらかじめ繋がっていくと良いのではないかと思った。例えば文通プロジェクトを利用して、文通で繋がりを持って後に対面で交流会なども良いのではないかと考えた。
輪島市ボランティアセンター 被災者宅および中学校体育館
被災者宅の家財持ち出し、泥かき、中学校での備品搬入・整理
・被災によって家が住める状態ではなくなってしまった中で、もう一度戻って住みたいと思い、リフォームをするという中で、そのお手伝いができて良かった。被災を受けた方も自分の故郷を離れたくないと思う人が多いので、その思いの実現の手助けになったかなと思う。作業をするだけでなく、お話を聞いたり話したりすることもできたので、良かった。寂しい思いや不満などを他の誰かに話せる良い機会になったのではないかと思う。
・訪れたお宅はリフォームを予定しており、その工事のための家財の処分のお手伝いを行ったが、「捨てる」「捨てない」の判断をしっかり聞くことができて、適切に活動が出来たと思われる。家主様がきれいになる家を見て、「輪島に戻ってくる気持ちが高まった」とお話されたのが印象的だった。また、ご厚意で沢山おやつ等をいただいてしまった。中学校での物資搬入は様々な団体の方と共に作業を行った。「傾聴を伴う活動」と「力仕事」の両方を一度に体験することができて、学生達には良い経験になったのではないかと思う。(職員)
・家財撤去では、またここに住みたいという住民の方の思いを大切にして、大事な家財の仕分け、撤去を行った。お家の方にとっては思い入れのあるものばかりなため、こちらからは流れ作業のように仕分けするわけにはいかなかったので、判断や扱いが難しかったが、意向に沿って進めることができた。依頼者の思いに寄り添うことが一番大切だということがよりわかった。
支援物資の運搬では、短時間で様々な重さの物資を運び、持った瞬間と持ち歩いた後では体の負担の差が全く異なるため、運搬の大変さを知ることができた。
・支援物資の運搬で、運ばれてきたものがヘルメットカバーや軍手、シューズカバーなど、意図があまりよくわからなかったが、自分の想像していたものとは違うものが届いていたことを知った。その中でもタオルが奥の方に大量に並んでいたため、何が必要で何がそこまで必要ないのかを細かくチェックして、支援物資を決めると良いと思った。
・災害前まではいたって普通に暮らしていたお家だが、中に入ると地震に加えて豪雨の影響をかなり受けている様子で、家具や小物が腐敗、劣化していた。今まで大切にしていた家財を仕分けするのが、なんだか心苦しいものもあり、お家の方がこれは捨てますときっぱり言っていても、本当は思い入れのあるものだったのではないかと考えると、少し切なくなった。だが、お家の方の判断力や、チームワークのおかげでスムーズに作業が進み、「再建されたらまた見に来て欲しい」「遠いとこから本当にありがとうございます」と涙目でおっしゃってくださり、自分たちの活動が依頼者に役立っていたことが直接感じとれたので、とても嬉しかった。
・家財撤去をした理由は依頼者から家をリフォームしたいという要望があったからだった。Sさんは震災後1年半を金沢市内で過ごし引きこもっていたそうだが、やはり地元の輪島市に帰りたいと思い、取り壊す予定だった家を直せるとの知り、リフォームに思い立ったそうだ。作業時には大切な写真や思い出のもの、高価な仏具など本来であれば全て無くなってしまうものを自分たちの手で回収することができたことにとても感動しました。
・依頼者の方から涙ながらありがとうと一生懸命に伝えられ、手を合わせていたあの光景を忘れません。
・昨日が空振りで終わったことで、本日の活動には学生達もかなり気合が入っているようたっだ。また、4人でのコミュニケーションを積極的に取ることにより、チームワークも出来上がってきたように思える。午前中の被災者宅での活動では家主の方とも積極的に会話をする等、良い傾向であった。あとは自分たちで時間を管理し、引率者に声をかけられなくても行動ができるようになると良いと思う。(職員)
重蔵神社
神社内の備品の整備、森の中にある木の装備、食糧配布
・神社は被災してしまうと、その後の片付けがとても大変だということがわかった。神社が所有する物はとても神聖なもので大切に扱わなければならないため、慎重に作業する必要があった。また壊したり新しく作ったりするのに住宅よりも、予算がものすごいことになるということも、現地に行って初めて感じた。
食糧配布では、大勢の地元の方々と直接関わることができ、「こんにちは!」と挨拶するとほとんどの方が笑顔でありがとう、と感謝してくださり、普段では得られない喜び、達成感を得られた。
・午前での活動は、みんながそれぞれの役割が少し曖昧になって今のないバケツリレーや、4人で持たなくても良いものを4人全員で持ち運んで、効率の悪そうなことをやるなど、少し上手く連携できていないところがあった。だが午後はそれぞれがテキパキと作業していたので良かった。もっと声掛けや質問などをして、誰が何をやってどう分けたら効率よく進むか考えて行動していくべきだと思った。
・自分たちがボランティアとしてお邪魔している時の立ち回り方について、どのような指示であるのかを明確にして行動しなければ、むしろ迷惑となってしまうこともあるため、求められることに的確に応じることの難しさを感じた。また、週に1回開催されている食料配布に約500人が集まることに地元の人からのニーズを感じたため、ボランティアなどの人手が集まらなくなった時にどのように運営していくのか検討する必要があると感じた。
・神社は被災した後、復旧が後回しにされることや立派な作りをしている建物な分修復にかなり時間がかかること、また更なる倒壊のリスクが高いことが実際に見て感じることができた。所有物はとても多く、提灯や看板、御神酒などを入れる器など、慎重に扱わなければならない物ばかりで、保管や管理にも気を使う必要があるなと思った。
役所の方と合間に少しお話しした際、リアルな避難所のエピソードをいくつか伺うことができた。水は飲むこと以外に使う場面がたくさんあり、普段無意識に使いがちな水の価値がとても高く、どんな時にでも必要だということが改めて分かった。そのため一度防災として、家で水道を使わず2リットルのペットボトルで生活し、どこで自分が水を使うのかを把握した方がいいというアドバイスをいただき、帰着したら直ちにやってみたいと思った。他にも、自分が万が一災害にあった際、何が必要になるのかリストしておくべきだと思い、より防災意識が高まった。
・食料配布のニーズを感じたが、私たちのような毎回参加しているわけではないボランティアたちが中心となって運営しているため、運営方法が安定しないのではないかと不安に思う部分もあった。また、重蔵神社で1日活動していても活動内容はさまざまであり、ボランティアのニーズの幅の広さを実感した。
・本日は食糧配布を実施しました。述べ500人弱が1年経った今でも来るという現状に驚きました。人との関わりはやはり挨拶から始まるものだと思っており「こんにちは」という挨拶から「ありがとうございます」と明るい声で伝えることを心がけながら配布を行いました。すると自然に住民の方も笑顔で挨拶してくれるようになり、感謝のバトンの受け渡しのような雰囲気に感極まりました。
・現場の「指揮系統」があいまいで、余分な作業や能登様の不在時に作業が止まってしまうという問題がある。今後定期的に伺うのであれば、「青いビブス」学生と能登様であらかじめ「プランニング」を行い、学生がリーダーとして実施するような工夫が必要と感じた。
一般の住宅が公費解体など進んでいる感じを受けるが、神社の様子は震災当時とそれほど川ならなかったことで、ボランティアの必要が引き続きあること、食糧配布の人数が400名以上現在もいることから、地域住民からの要望は引き続きあることを知った。
昨日は「個人」とのボランティアであったが、本日は「多数」の方との触れ合いを通じて、多くの事を学んだと思われる。(職員)
・これまでの活動は本学の学生のみであったこともあり割と「のんびり」した雰囲気を持っていて、作業への切り替えや移動等にゆるいところがあったが、本日様々な団体に交じって活動をすることで、自身の行動に対して反省を行う所が見られた。実際に午後の食糧配布の作業では積極的に役割を引き受け、コミュニケーションをとりながら活動が出来ていたことは評価できる。(職員)
マリンタウン第二団地
仮設住宅の筵撤去
・ペンチでホチキスを取り、むしろをただひたすらに剥がすだけという作業を1日通して行いました。ただ、このような肉体的に辛い活動だからこそ「作業」になってしまうところを「ボランティア」として誰かのためになっていること、背景や意図を考えて行動することが大事であると再認識しました。楽しいボランティアだけでは無く、誰もやりたくないけれど誰かがやらなくてはならないボランティアもあるのだと勉強になりました。
・今日の活動はボランティアというより、黙々とする作業で、同じことの繰り返しだったので、正直4日間で最もハードな活動だった。しかし筵撤去は住民の方にとってはとても必要な作業で、住民の方とすれ違うたび感謝してくださったので、ニーズがあったのだと思うととてもやりがいを感じた。だが、住民の話によれば、町の方から住民自身で撤去するように指示されていたという声があり、一部は自分でやったのに、なぜ他はボランティアがやるのだろうと不満を漏らしていたので、ボランティアがやるのが自分がやるのかがはっきりしていないという情報の行き違いがあったことが少し問題だと思った。広めの団地で5人がする作業としては、ハードだったが、撤去が全て終わることができて本当に良かった。
・午前中、むしろの撤去をしている時に仮設住宅の方々がたくさん来て手伝って下さり、その方々との話がとても貴重な生の声を聞くことができた。その時間で、ネガティブな声も含めて聞くことができたのも良い機会だった。午後には、撤去の単純作業が続き、会話することがほとんど無かったため、しんどさがかなりあった。今日のボランティアを通して、人との関わりの大切さも改めて感じることができた。
・学生達は体力を相当使う活動であったので、かなり疲れたのではないかと思うが、「作業」だけにならず、工夫をおこなう気持ちを持っていたことに大変うれしく感じた。また、住民の事を考えて作業を行う(金具を残さない等)学生自身が提案して共有できるなど、チームワークも良くなってきた。欲を言えば「次の作業の人の事を考える」という点に気が付いて、回収した筵の一時保管場所や保管方法等について気にすることができるようにあるとなおよいと思われる。(職員)