ボランティア活動報告

ここでは、本学のゼミや個人単位で令和6年能登半島地震に関わる活動を実施した学生による活動報告(コメント)を掲載します。

能登地震被災地中高生春休み保養プログラム (藪長千乃ゼミ・小野道子ゼミ)

2024年3月30日~4月1日
能登地震の被災地で不自由な生活を余儀なくされている中高生及びその兄弟である小学生に対し、東洋大学セミナーハウスという安全で暮らしやすい環境を提供することで、本来の生活を取り戻すプログラムを実施。

国際学部及び福祉社会デザイン学部のサイトにも報告があります。

国際学部報告

福祉社会デザイン学部報告

3日間子ども達を関わることで、様々な気づきと学びがありました。
第一に子どもにはそれぞれ個性があり、その子によってコミュニケーションの取り方が異なることです。学生に積極的に関わってくる子どももいれば、活動には消極的なもののこちらから話しかけるとしっかりと自分の考えていることを伝えてくれる子など様々でした。そのような子どもの個性に気付き、話し方や距離の詰め方、言葉遣いに注意しながら子どもとコミュニケーションを取れたのは、私のなかで大きな学びに繋がりました。
第二に、実際に被災した子どもと関わることで、今回の地震がどれほど悲惨なものであったのか知りました。当初は子どもと関わる際に、自分が考えていたよりも明るく活発な子が多いと感じました。しかし、三日間子どもと関わる中で、被災したとき一人だったということや、同じ学年だった子が半数以上学校から転校などの事情でいなくなってしまったことなどを話してくれました。また、子ども達が珠洲で食べている食事も非常に質素であることを聞きました。これらの話から、私が想像していなかった現実を子どもが体験していることにショックを受けました。そのためこのようなボランティア活動を通して、少しでも楽しい時間、思い出が作れるように貢献したいと思いました。この経験から得た学びを次に活かせるよう、ボランティア活動を続けていきたいです。(社会学部社会福祉学科4年)

私はこの活動を通して、子どもたちに心地よく楽しんでもらうためには、主催側が綿密に環境を作る必要があると学びました。石川県珠洲市から富士見高原セミナーハウスにやってきた子どもたちは、地震によって安定した生活を送れない不安感、初めて大勢の大学生と会う緊張感があり、最初は自分の個性を出せない状態にありました。そこで私たち学生は、子どもたち一人一人の名前を読んで信頼関係を築き活発的に活動したり、輪に交じって活動できない内気な子には大学生が距離感を図って意思を聞きながら、仲介役として輪に声をかけたりと子どもたちが楽しめる環境を作りました。すると日が経つにつれ、子どもたち一人一人が心から楽しんでいる様子が伝わってきました
このように大学生だけが盛り上がるのではなく、子どもたち一人ひとりに寄り添って子どもたちが主役で楽しんでもらえるようサポートしていくことを、今後の活動に生かしていこうと思います。(社会学部社会福祉学科4年)

福祉避難所@福井県勝山市 短期ボランティア(医療法人オレンジグループ )

2024年3月27日
避難所の見学・食事づくり 
 ・散歩の同行
 ・生活環境整備
 ・ご寄付いただいた物品などの整理行った。

ニュース番組などで災害に関する報道が減ってきていることからも、復興が順調に進んでいるものなのだと認識していた。しかし、実際に災害に合われた方から話を聞いたり、避難所の状況を見て、見えていないことばかりであったと痛感した。まず、私がボランティアに行ったのは災害から2か月以上経過している時期だったにも関わらず、水道やガスが通っていないために家に帰ることができていないと避難者の方から話を聞いた。2か月経った今でもそんな現状であるということが驚きであった。
また、見えていなかった部分の1つとして支援物資についても挙げていきたい。今回伺った避難所ではAmazonのほしいものリストを通じて支援物資を受け付けているとの話であったが、最近になってから物資が届かなくなってきているという話も聞いた。この事実はボランティアに行く前の私と同じように、復興が進んでいると世間が誤認しているからなのではないか。報道がよくされている時期は「何か力になれることはないか」という気持ちがはたらきやすいが、報道されなると気にかけることが減ってしまう。だからこそ私は今後、ニュースなどを通じて流れてくるものだけではなく、自分自身が関心を持ち続けて何ができるのか考えていき、行動をし続けたいと考える。そして、今回の経験からどんな形でも行動をおこすことの大切さを学んだ。私はボランティアに行く前までボランティア経験がなかったことから、行っても力になれることはないのではと不安だった。しかし、関わった避難者の方に「話し相手になってくれるだけでもすごくありがたいし、嬉しい。」という言葉をかけてもらい、とても嬉しかった。行動をおこしてもどうせ役に立たないと歩みを止めてしまうのではなく「踏み出せば何か力になれるかもしれない。」という気持ちで行動を起こしていくことを、今後も意識していきたい。(ライフデザイン学部生活支援学専攻4年)

結(災害NGO結)

2024年3月16日20日
輪島市・能登町において倒壊家屋からの住民の貴重品の運び出し。小屋やブロック塀の解体。お弁当の炊き出しやお届けを実施。

現場に行くことで、被災地が被災者にとって厳しい住環境であること、災害関連死が起こりうる環境であることを目の当たりにした。そして思っていた以上に復興が進んでいないこと、行政の支援が機能していないことを知った。水や電気、ガスなどの基本的インフラが整っていない不便さは、体験すると想像以上であり、特に水に関しては私自身も苦労したので、被災地にあける大きな課題であると実感した。
ボランティアに行ってみたいという人の中には、実際に行くにはハードルが高いと感じる人も多い。少しでもそのハードルを下げられるよう、そのサポートがしたい。(経済学部総合政策学科2年)

能登ゼミ(藪長千乃ゼミ)

2024年3月8日~10日・3月23日~25日

私の能登との出会いは、2022年度国際学部の講義「SFS能登(能登ゼミ)」で現地へ訪れたときでした。2024年1月初旬に当時のメンバーで再度伺おうとしていたところ、令和6年能登半島地震が発生し、私の大学生活の中でも大きな経験を与えてくれた能登への再訪が叶わなかっただけでなく、甚大な被害が出ていることを日々の報道や現地の方からの情報で確認しました。そこで、現地へ入ることが許された際にはすぐにでも駆け付けようと考えていました。
今回の活動では私が以前に訪問した志賀町にてボランティアを行い、最初に「災害ボランティア」の流れを学びました。私は今まで災害ボランティアとしての活動の経験はなく、どのような流れで進んでいくのか、誰がいるのかなど、ほとんどわからない状況でした。現地の活動を通して知ったことは、まず全国の社会福祉協議会が順番に運営を担当しているということです。まったく土地勘がないはずなのに新しい担当の方もまるで現地の人かのようにスムーズに運営を行っており、非常に驚きました。
1日目に秋田県社協の応援職員の東洋大OBの方からお声掛けいただき、先輩が実際にこの場で運営を行っているという事実に感銘を受けました。実際の活動においては北陸周辺地域の方のみならず、幅広い地域からボランティアに駆けつけている方が多くいらっしゃいました。私が同じ車で移動した方は3名で現地入りしており、東日本大震災の災害ボランティアで出会い、以降震災が起こると休みを調整して可能な限り駆けつけていると仰っていました。作業の流れとしてはリーダーの指示出しが肝となります。ごみ処理場まで行く際にトラックに廃棄物を積む順番や、運び出す順番、どの程度まで分解して運ぶのかなど細かい指示があり、初心者でも流れを把握することが容易でした。また無理をせず休憩をしっかりと取りながら活動していたことも安心して作業ができた要因のひとつです。最後に作業をした家の方が作業中もずっとお礼を言ってくださり、作業後には車が見えなくなるまで手を振り続けてくれたことが非常に印象に残っており、少しでも現地の方のお役に立てたことを実感しました。今では作業の流れも把握でき、被災者、そしてボランティアをする方の気持ちも以前より格段に理解できるようになったと思います。この経験を活かし、これからは経験者として可能な限り現地での活動に協力していきます。(2024年3月国際学部国際地域学科卒業 藤井澪)

今回のボランティアは私にとって初めての経験でした。これまで、被災した現地の様子をテレビやSNSを通して見てきましたが、私はその光景を見て悲しむことしかできず、何もしてあげることのできない無力さを感じていました。しかし、今回このような経験をする機会を頂き、実際に足を運んで自分の目で確かめ、微力ながらも復興に貢献することができたことを非常に嬉しく思います。実際に行ってみると発生から3ヶ月経った今もなお、家屋の倒壊や道路の陥没がそのままの状況で、改めて今回の地震の恐ろしさと悲惨さを痛感しました。
活動の中で私が最も強く感じたのは、「人々は常に支え合って生きている」ということです。ボランティアには私たちのような学生の他にも、関東に住み平日は会社員をしながら毎週末に車で8時間かけて来ている方や、自らも被災し大切な方を亡くした方。親子や外国人など、世代や県、国を超えて沢山の方が訪れています。 その日中には終わらないと思われていた、落ちて散乱してしまった瓦礫を回収してトラックに積むという膨大な時間がかかる作業も、初めは10数人で行なっていましたが、そこから5人、10人と次第に人が増えていき、終わらせることができました。あの時の達成感は今でも忘れられません。また、同じグループに配属された地元のボランティアの方々がとても暖かい人ばかりで、声をかけ合い協力して作業をしていく中で交流が深まり、団結力も生まれました。それだけでなく、被災された皆さんは大変な状況下にも関わらず、みなさん明るく優しくて、笑顔で「ありがとう」と言ってくださり、来てよかったなと心から感じましたし、支援をしに行ったはずの私が逆に元気を頂きました。
今回防災について改めて考える機会を得て、1日1日を大切に過ごし、感謝の気持ちや思いやりの心を持って支え合って生きていくことが大切であると感じました。被災地の復興を願い、これからも自分に出来ることをしていきたいです。(国際学部国際地域学科3年

 私は2023年度の「SFS能登(能登ゼミ)」に参加し、志賀町で一週間お世話になった。現地での調査の際はもちろん、東京に帰着してからも連絡を頻繁に取るなど私の人生において大切な時間、コミュニティとなった。この春に再訪し、お世話になった志賀町で寺カフェをオープンする予定であったなか、地震により状況が大きく変わり、再訪することも困難となった。今回の地震により、事態がどうなるか全くわからず非常に不安や恐怖の気持ちを覚えた。しかしそれ以上にそのような気持ちを抱いているのは志賀町の方々であり、彼らを少しでも元気付けたい、安心して生活できるような手伝いをしたいという思いがあり、今回のボランティアの話が出た際に迷わず参加を決めた。
現地スタッフだけでなくボランティアとして県外から来ている人も多く、「なぜボランティアに来たのか」とお互いに聞き合ったことが印象に残っている。私と同様、志賀町に以前お世話になったという人、震災等自然災害のボランティアに数多く参加している人など、一人一人のストーリーが興味深かった。それと同時に、志賀町の人たちの強さ、優しさを改めて感じた。自宅が倒壊し私たちボランティアが瓦礫を運び、みるみるうちに家の原型がなくなっていったが、その状況下でも「生きているだけでありがたい」と言っていた人、「ボランティアの人が来てくれて元気付けられた」と声をかけてくれた人など、様々な人がいた。
今回参加して、コミュニティ形成の重要性を学んだ。私たちのように以前志賀町にお世話になった人たちが、今回の地震において少しでも恩返しができればという想いからボランティアに参加した。それは志賀町の人たちの優しさや強さ、そして志賀町の魅力をたくさん知ることができていたからこそ、芽生えた気持ちだ。志賀町の人たちの温かみを知っているからこそ、恩返しをしたいと思ったし、ボランティアを経験して心が少し軽くなった。外部の人間の自分の地域の良さを伝えることが、長い目で見ると非常に良いつながりをもたらすことができるのではないかと考えた。(国際学部国際地域学科4年)

私は今回、この能登のボランティア活動への参加を通して、人生で初めて被災地を訪れました。私がこの活動に参加した理由は、もちろん誰かの役に立ちたい、人生の経験としてやっておきたいという理由もあるのですが、正直言って一番の理由は被災地ってどうなっているのだろう。どのくらい被害が出ていて、そこに住んでいる人々はどのように暮らしているのだろうと興味があったからです。
私は現在20歳で茨城県出身です。土地柄的に災害が起こりにくいということもありますが、生きている中でこれといった大きな災害に悩まされた経験がありませんでした。小学校一年生の時に東日本大震災が起こりましたが、それほど大きな被害もなく、災害後も今まで通り普通に生活を送れていました。しかし、今年の元旦に起こった能登半島の地震の報道を目にし、なんだか他人事とはいえないというか、いつか自分も大きな災害を経験するかもしれないのにこのまま何も行動しなくていいのだろうか、被災地ってどんな感じなんだろう、と色々なことが頭をよぎりました。そんな時、丁度同じ学部の友人から能登半島のボランティア活動の誘いを頂き、初めて参加してみることにしました。
当日、私たちは富山県内から石川県の志賀町に向かいました。富山県内はそこまで被害は見られなかったものの、活動場所の志賀町に近づいていくにつれて、道路が陥没していたり、民家が崩壊していたり、崖が崩れ落ちている風景が多く見られました。これでも被害が特に大きかった輪島市などに比べれば軽いといいます。ボランティア活動の内容は、地震によって荒れた家内の家具や畳、粗大ゴミの撤去と瓦の撤去でした。いずれも力仕事だったため簡単とは言えませんでした。しかし、周りのボランティアの方々は誰ひとり弱音やネガティブな発言をせず、被災地の方の役に立ちたい、助けたいという一心で作業をしていました。そんなみなさんの姿に私たちは心を打たれ、興味本位で来たつもりが、私たちもいつの間にか復興の力になりたいと願い、周りと一丸となって必死に作業を続けました。今回、人生で初めて被災地のボランティア活動に参加させて頂きましたが、この経験はとても貴重で本当に参加して良かったと、心の底から感じています。今後も引き続き、ボランティア活動に積極的に参加していきたいです。(国際学部国際地域学科3年)