訪問看護の場面で「モノをもらう」ということ
1.職業
訪問看護師(精神科)
2.業務分類
その他
3.施設内看護の年数
4.訪問看護の年数
5.経験内容
精神科で訪問看護をするようになってから、病院看護師をしていたころとはまた違った意味で「モノをもらう」こついて戸惑うようになった。訪問看護を始めるにあたって、「訪問先で飲んだり食べたり、いただきものを受け取ること」についてスタッフと事前に話しあいをしていた。自宅で個別的なかかわりをする訪問看護では、スタッフ・利用者間の心理的な距離がどうしても近くなること、よいケアを提供するにはいかにフェアな関係を維持できるかがカギになること、また、清新症状の不安定な利用者さんなら、場合によって何か悪いものを混ぜることもあり得るかもしれないから丁重にお断りをしよう...など、いま考えると自分たちの被害妄想から生じているような心配も含めて、一定の方針を立てていた。
実際に訪問看護を始めてみると、事前に話し合っていたような不安を感じる利用者さんはいなかった。それどころか訪問をする私たちスタッフをもてなそうとしてくれる温かい気持ちのこもった座布やお茶を準備して待っていてくれる方がとても多かったのである。事前にアレコレと悪いことばかり考えていたので、正直なところ拍子抜けした。事前に立てていた方針通りに提供するケアの対価は受け取っているから、と説明するものの、利用者さんやご家族の温かい気遣いに感激する分、お茶やお菓子をお断りすることが難しく、心苦しく感じてもいた。中には、こちらが丁重に断ったつもりでも、受け取れない理由を「家をきれいにしてないから」「変なものが入っていることを心配しているから」と被害的に受け取る方も多く、ますます断りにくかったことを憶えている。
また、利用者さんの多くは生活保護や障害者年金を受給しているため金銭的な余裕がないことも、訪問看護でいろいろなお話を聞かせてもらっているうちに知っていたので、わたしたちのお茶やお饅頭の用意に大切なお金を使わせてしまていることに、とても申し訳ないような気持になった。
ご夫婦ともに統合失調症で、訪問看護を利用していたAさん夫婦もその一人。支給日の数日前になると生活費が足りず、ふりかけご飯でしのぐことも多いAさん夫婦は、わたしたちのために近くの和菓子屋でつきたての大福をよく用意して待ってくれていた。私は暖かい気遣いへの感謝と申しわけなく思う気持ちをありのまま、率直にAさん夫婦に伝えてみた。「だって忙しいのに、暑い日も寒い日もこうして家に来て、夫婦げんかの話とか音楽のこととかくだらない話しもちゃんと聞いてくれるんだよ。だから食べてよ、気持ちなんだからさ」という返事が返ってきた。...(中略)...
ある日、私は思い切って自分たちのためにお金を使わせてしまういたたまれない気持ちと「困っている」ことをAさん夫婦に伝えてみることにした。夫婦はがっかりした表情をして、「来てくれてうれしい、ただそれだけなのに」とだけ返事をして、しばらくの間うつむいて黙ってしまった。幾度か話しかけてみたが、それまでのような返事を効くことも、夫婦から話題を出してくれることもなくなってしまった。私は恩を仇で返しているような申し訳ない気持ちと、画一的に「受け取らない」対応をすることで、せっかく気づけそうな関係性や安定した関係性の継続にマイナス影響が生じる懸念とで気持ちが揺れ動いた。
6.出所
清水美都穂著「訪問看護の場面でモノをもらうということ」精神科看護、2011年2月、第38巻、第2号(通巻221号)、p.9-11.