死にたがる患者――愚行とQOL(2)――

投稿日: Jan 04, 2018 9:42:56 AM

つぎのケースを考えてみましょう(『振り返れば奴がいる』第四話「死にたがる患者」)。

東都大学(架空)のサテライトホスピタルである天真楼病院に、急患が運び込まれてきました。腹部に激痛が走り、動くことができなくなった50代の男性です。この患者、豊間さんは、大企業の社長で、幹部二人に付き添われながらの来院でした。

検査の結果、豊間社長はトリプルA(Abdominal aortic aneurysm腹部大動脈りゅう)で、このまま放っておけば、やがて切迫破裂を引き起こし、生存率50%という厳しい状況に陥ってしまうと思われました。破裂するのは時間の問題で、いのちを助けるには、今すぐに緊急手術が必要になります。

社長自身にそのことを伝えるのですが、彼は「どうしても行かなければならない」といって、手術を拒み、そのまま外出しようとしました。社運を賭けた、大臣との重要な会見を控えているのです。医学的にはどう見ても、この外出は、いのちの保証のできないものでした。おそらく外出中に動脈りゅうが破裂し、社長は死んでしまうことになるでしょう。

医師としての正義感(いのちを助けなければという思い)に燃えた石川は、「行っちゃ駄目だ!死にたいんですか?オペをさせてください」と必死に説得を試みます。

しかし、社長は「どうしても行かなければならないんだ」と言って、それを頑なに拒みます。「私の後ろには大勢の社員がいる。私が行かなければ会社が潰れる。それはできない」と。

石川も譲りません。つぎのように切々と訴えます。

「あなたは間違っている。もっと、もっと、自分の体を大切にしてください。人のいのちより大事なものなんかないはずです。会社が何ですか。潰れたっていいじゃないですか。生きていれば、また一からやり直せるじゃないですか」。

豊間社長は、苦笑しながら答えます。

「簡単に言うね、君は。…これが私の生き方なんだ」。

さあ、みなさんが医師だったとしたら、どうしますか。

もちろん、石川医師のように、相手を説得し続けるでしょう。でも、いくら言っても聞き入れてくれない場合には、どうすればよいのでしょうか。社長の場合、事態が緊急性を帯びており、今、手術を受けるかどうかという選択が、生死に直結することになります。

医療者として、大切ないのちを守るため、何とか社長を外出させないような手段を講じて、半ば強引に手術をしてしまいたいですか。あるいは、社長本人の希望、QOLを尊重して、いのちをあきらめますか。(次回へ続く)