病名・予後告知を拒否した終末期患者
1.職業
訪問看護師
2.業務分類
在宅でのターミナルケア
3.施設内看護の年数
4.訪問看護の年数
5.経験内容
70歳代の男性患者は、原発不明がん(がんが発生した臓器が不明の場合)を患い、全身腫瘍転移による末期状態にあった。また、左大腿軟部腫瘍のため、肉芽が自壊、多量の浸出液が観察された。本人のコンピテンスは認められるものの、本人の希望で、病名・予後告知はなされなかった。
IVH管理、創洗浄処置等の継続の必要性から、退院は困難とされたが、本人の強い希望で一時退院となった。患者は、約2週間後に自宅で亡き妻の13回忌を行うことを強く望んでいた。
介護者は、同居している35歳と29歳の二人の娘で、患者本人が経営している税理士事務所のスタッフでもあった。二人は「できるだけ、家での生活を続けさせてあげたい」と考えていた。また、13年前の母親の死について「わたしたちには心配をかけないように、すべて父が対応していた。母にもがんであることは告知していなかった。その時の思いから自分自身も告知を希望しないのだと思う」と説明した。
主治医は、2週間後の法事を迎えるのはぎりぎりの状況であること、そして、創部からの敗血症や出血によるショック状態が起きれば、急変も考えられることを二人の娘に告げた。出血に関しては、輸血を行っても一時的なもので、かえって心臓に負担をかけることを説明した。二人の娘は、緊急時の輸血を行わない旨を医師に伝え、急変時の蘇生措置についても希望しないという選択をした。
ただし、姉妹は、在宅医療の継続を希望していたが、自宅で父を看取る決意はできずに戸惑っていた。患者の状態が悪化した時、姉妹は「入院した方が良いのか」と訪問看護師に訪ねたが、それを聞いていた患者は「入院はしない」とはっきりと意思を伝えた。それは、亡き妻の13回忌を明日に控え、このまま自宅で最期を迎えたいという思いを伝えるものであった。この言葉に対し、娘たちは「父の希望通りにしてあげたい」と在宅療養の継続と自宅で最期を看取る決意をした。
6.出所
財団法人日本訪問看護振興財団監修、角田直枝編集『訪問看護のための事例と解説から学ぶ在宅終末期ケア』(中央法規)2008年1月、p.82-93