③台地の構造

―水戸の台地―

この場所で全面に見える灰白色の地層は、人類が誕生する前にできた地層です。約600万年前より昔(第三紀中新世)、氷河期が終わり温暖な気候になりました。そして氷が溶けて海水が増え、海面が上昇し海が陸にまで広がる海進が起こったことで、とても小さな粒の泥の堆積物からなる水戸層ができ、現在は水戸の台地の基盤になっています。さらに水戸層には、昔の那珂川の河原の堆積物である。握りこぶしくらいの大きさの丸みを帯びた石がゴロゴロしています。このような2mmより大きな粒の石をレキと言い、レキを含む地層をレキ層と呼びます。この層は、年代がはっきりしませんが、水戸層ができてから何百万年も後にできたものです。

↑上の層と明らかに色が違う。(赤い線が境界線)

上の茶色部分がレキ層、下の灰白色の層が水戸層である。

↑レキ層には丸い石がゴロゴロある

―もっと詳しく!-

灰白色の水戸層は、水を通しにくい難透水層です。このポイントから先の公園内でも水戸層を観察できるので、是非見てみてください。おそらくそこでは水戸層から水が湧き出しているでしょう。水戸層が水を通しにくいということに注目した水戸光圀は水戸下町の給水難を解消するべく、この泥岩も用いて笠原水道という約100㎞に及ぶ当時としては最大な水道を作りました。

↑水戸の台地の柱状図

↑千波湖周辺の柱状図

↑水戸の台地と千波湖の断面図