③岡倉天心を魅了した風景

○岡倉天心

近代日本を代表する文明思想家。東京美術学校 (現 : 東京美術大学) 校長の職を辞して、明治31 (1898) 年に弟子たちと共に日本美術院を創設しました。やがて、天心は五浦に居を構え、明治39 (1906) 年には日本美術院を再編成し、横山大観ら四人の愛弟子を呼び寄せ、日本画の近代化を目指しました。

○茨城大学五浦美術文化研究所

観覧順序①天心記念館 (天心像や天心が釣りに使った船などが展示されている)→②ウォーナー像 (ウォーナーは来日し岡倉天心に師事した)→③六角堂→④旧天心邸→⑤「アジアは一つ」石碑 (天心はインドで一年間過ごした際に、法隆寺金堂壁画と、インド中部アジャンタにある壁画との類似性を見出した、それらの経験から生まれた言葉である。)