(答)一つには,長い歴史の結果として作り上げられてきた地域固有の生物集団が永久に失われてしまうこと,もう一つは,交雑がその地域集団の減少や絶滅につながる可能性があるからです.
もしあなたが,「自然や身近な生きものを未来に残していきたい」と考えていて,また,上に述べてきた地域集団間の分化に関して理解したなら,最初の点はすぐに納得いくのではないかと思います.ある地域で,ある魚を守るということは,その地域の中で長年生き続け,育まれた集団を守ることです.「同じ種とされている」別の長い歴史を経験してきた別地域の集団を放流することは,ほかに策がない場合に限られなければなりません.
では,別々の集団が交雑してしまうと,実際に何か悪いことが起こるのでしょうか? 必ずしも集団に悪いことが起こるとは限りません.むしろいい結果をもたらす場合もあります(→質問6).しかし,ある程度以上に遺伝的特徴が変化したもの同士だと,それらの交雑個体の生存性が下がる場合があることが知られています.交雑個体が正常に育たなかったり,不妊になったりすると,いわゆる別種レベルの分化となります.同種の地域集団間でも,その隔離の歴史によって,その中間段階を示すことは十分にあり得ます.このような場合には,異集団の交雑は個体数が減少していく原因となってしまいます.
一方,個体数は減らないものの,集団の遺伝的特徴が急速に変化してしまう可能性があります.交雑しても,遺伝的特徴が混ざるだけだから,もともとの遺伝的特徴が失われることはないと考えるかもしれません.しかし,詳細は繁殖のしかたによって変わってきますが,どちらかが少しでも子供を残しやすいような場合には,もう一方の遺伝的特徴が速やかに失われていく場合があります.別亜種・別種間での例ですが,ニッポンバラタナゴと外来亜種タイリクバラタナゴ,あるいはシナイモツゴと国内移入種モツゴの間で,交雑の結果,何世代か後にはそれぞれ前者の遺伝的特徴が集団から消え去っていくことが知られています.
それらとまったく同じことが同種内でも起こると考えられ,知らない間に,もともとその地域にいた魚の「遺伝的つながり」が絶えていたということも起こり得ます.そして,さらに長期的には,よその地域からきた魚は,結局その地域の環境に適応できず,絶滅してしまうかもしれません.