いなべ市民大学講座(第8回)2016-2-27レジュメ

員弁コミュニティプラザ 2016-2-27(土)、14:00-15:30

【講演テーマ】 

里川の自然を未来につなぐ

~身近な生物多様性の価値と保全~

【プロフィール】  

淀川の河畔で暮らした少年時代に淡水魚に目覚め、大学の卒論以来、希少魚ネコギギの生態研究を続けている。最近はDNA情報を用いて淡水魚の「歴史と今」そして「保全」に関する研究を展開している。著書『保全遺伝学入門』文一総合出版(共訳)、『淡水魚類地理の自然史』北海道大学図書出版会(共編)ほか。

【レジュメ】

今日のお話では、「生物多様性」を生物進化の観点から見直すことから始め、さらに身近な自然への見方、またそれを守ることの意味を考えていきたいと思います。特にいなべ市で取り組まれている淡水魚ネコギギの保全活動についても注目したいと思います。

生物多様性と進化的世界観 「生物多様性」とは文字通り生物の多様性のことですが、この語の含むところは幅広いものです。「遺伝子から景観まで」といわれるように、単に種数の多さというものではなく、生物現象のさまざまなレベル(遺伝子、個体、個体群、群集、生態系・景観)の過程や結果をすべて取り込んだ考えです。包括的すぎて逆にその意味するところが曖昧ですが、生命の発展の原理である「進化」について理解を深めると、見通しが開けるかもしれません。

生物とは、個体が一定期間この世に存在し、いずれは滅するものですが、一方で30数億年にわたって、絶えることなくつながってきた存在でもあります。これは親子関係でつながった「系譜」であり、物理的・情報的な実体は遺伝子です。進化とは、この系譜のなかで継承される遺伝子やその組成の変化のことであり、端的に「世代間の遺伝的な変化」と理解できます。この変化の源泉は「突然変異」という物理化学現象ですし、それを個体群中で広めたり消し去ったりする駆動力は「淘汰」と「浮動」と呼ばれる普遍的な力です。淘汰によりもたらされる個体群の遺伝的な変化が「適応」です。環境の時空間的な不均質性が存在する地表において、いったん遺伝子を介した自己複製系が生じれば、淘汰と浮動という単純な原理によって、実に多様な生物が多様な生き方で相互作用しながら、存在、発展することになります。もちろん我々もそのプレイヤーです。

生物多様性を守る意味 現在、少なくとも1千万種を超える生物種が存在し、無数の個体が地表に息づいていますが、考えてみれば、その1個体1個体が、30数億年の間、子を残す前に死ぬことが一度たりともなかった祖先が連なる「奇跡の家系」の末裔です。地表の隅々に至るまで、この奇跡が地域的に集合し、固有な生物群集を形作っています。一方で、10数万年前にアフリカで近縁種から分化したヒトは全世界に分散し、地表の構造や物質循環を大きく変化させ、また年間数千種以上の生物を絶滅に追いやっています。

生物多様性は、過去、現在、また未来のヒトにとって、衣・食・住の基盤となり、さまざまな素材、医薬品、文化、知識、発想の源となっています。現世代の理解力や技術力の不足によって生物多様性を無思慮に損なっていくことは、将来世代にわたり、資源や生態系サービスの劣化をもたらし、さらに郷土への愛着や畏敬、世代間の信頼、将来への希望をも大きく損なう結果となります。

身近な生物多様性の保全 生物多様性の保全に向けて、国際的、国家的な取り組みが必要であることは言うまでもありませんが、市民や地域で取り組むことができる課題も多く存在します。それには日々の買い物における選択から、外来種対策など周囲の自然保護活動への参加、地域行政の取り組みに対する「いいね!」の意思表示などが含まれるでしょう。

いなべ市では、東海地方の固有種で国の天然記念物に指定されているネコギギの保全への取り組みが10年以上にわたって続けられています。残念ながら、この郷土の自然を象徴するネコギギは、いなべ市では野生絶滅に近い状態です。員弁川で長年生きてきたネコギギの末裔を自然の川に復活させるために、飼育増殖、川づくり、学校や地域での啓発・教育など、さまざまな取り組みがなされています。これは、流域でともに生きてきた「奇跡の家系の末裔」を将来世代に伝えるための地道で貴重な地域的な取り組みだと思います。