2017-2-21 京都スタジアム(仮称)計画に関係したアユモドキ保全に対する意見書を京都府知事と亀岡市長に提出

Post date: Feb 24, 2017 9:29:27 AM

「亀岡市アユモドキ緊急調査検討委員会」委員として亀岡市より、また「淀川水系アユモドキ生息域外保全検討委員会」委員(座長)として国よりアユモドキの保全に関する専門的意見を求められている専門家の立場として、また生態学・保全生物学の一研究の徒として、京都府亀岡市に計画されている京都スタジアム(仮称)計画に関係したアユモドキ保全に対する意見書を、2月21日に府および市の職員を通じて、京都府知事と亀岡市長に提出しました。

内容は下記のとおりで、亀岡駅北地区への計画変更を当初案よりましな案であること認めた上で、スタジアムを含む駅北開発によりアユモドキが悪影響を受けないための具体的な提案を行うものです。

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平成29年2月21日

京都府知事 山田 啓二 様

亀岡市長 桂川 孝裕 様

渡辺勝敏

(京都大学大学院理学研究科 准教授)

(淀川水系アユモドキ生息域外保全検討委員会 座長)

(亀岡市アユモドキ緊急調査検討委員会 委員)

京都スタジアム(仮称)を含む亀岡駅北地区開発における アユモドキ保全対策への意見

私はここに、魚類の生態学、保全生物学の専門家として、また「淀川水系アユモドキ生息域外保全検討委員会」の座長、「亀岡市アユモドキ緊急調査検討委員会」の委員として、京都スタジアム(仮称)の建設計画および亀岡駅北地区開発に関し、アユモドキの保全の観点から、6つの意見を申し述べますので、十分にご検討いただけますよう、心よりお願い申し上げます。

1.「平成28年度第2回京都府公共事業評価に係る第三者委員会」(平成29年2月3日)、およびそれに関係した環境保全専門家会議やパブリックコメントにおける深刻な瑕疵について

1月25日に開催された第32回「亀岡市都市計画公園及び京都スタジアム(仮称)に係る環境保全専門家会議」(以下、専門家会議)において、第三者委員会に提出される評価調書(以下、調書)が初めて提示、検討され、多くの問題点が指摘されました。その中心は、アユモドキの保全に関して最重要な課題である地下水保全に関するものであり、調書では広域的な地下水位への影響に関する限られた検討結果が示されたのみで、肝心のアユモドキへの影響評価は実施されていませんでした。にもかかわらず、わずか1週間後、2月2日に緊急招集された第33回専門家会議では、本質的な改善がないなか、着工前の調査・検討実施を前提に、その具体的な内容の検討もなく承認がなされました。翌日開かれた第三者委員会においても、多くの懸念意見があったなかで、同様な結論、つまり着工前の調査・検討を前提に計画の承認がなされました。また一般への意見募集(パブリックコメント)は不完全な調書をもとにわずか1週間なされたのみであり、第三者委員会ではほとんど検討もされなかったと聞いております。その結果、アユモドキの保全に必要な検討が十分に行われず、また問題点すら明確にされないまま、建設計画の開始が認められることになりました。

以上の拙速で非合理的・非科学的な経緯は、アユモドキ保全の実現に対して深刻な懸念をもたらすとともに、専門家会議と第三者委員会の社会的信用を大きく損なった、きわめて残念な事態と言わざるを得ません。

平成28年4月の専門家会議の村上座長による提言(以下、座長提言)に基づき、アユモドキの生育場所である曽我谷川北部の水田地帯から駅北地区にスタジアムの建設位置を変更したことは、アユモドキ等、当地に残る貴重な湿地生態系保全のために価値ある英断であったと考えます。それをふまえ、関係する専門家、学術団体、自然保護団体等が一致団結し、本種の永続的な生息環境の保全に向けた協力体制を模索し始めている状況にあります。そのようななか、開発を最優先に、科学的な検討を後回しにした今回の京都府と亀岡市の姿勢には、深い失望を感じます。

今後、専門家会議や第三者委員会で約束いただいたとおり、アユモドキへの影響回避の客観的な保証を得ることなく着工がなされることがないよう、またアユモドキの保全への配慮に大きく欠ける拙速な事業の進行が行われないよう、強く要請いたします。

さらに、亀岡市のアユモドキの保全のために、京都府、亀岡市、および国は3つの科学委員会(専門家会議、亀岡市アユモドキ緊急調査検討委員会、淀川水系アユモドキ生息域外保全検討委員会)を設置しています。それら相補的な関係にある三者が連携し、十分な合意形成のもとでアユモドキの保全に貢献していけるよう、適切な調整をお願いいたします。

2.地下水保全に関して(その1):シミュレーション検討の改善と精緻化

第三者委員会の調書では、座長提言にある「地下水保全等を行えばアユモドキの生息環境への影響は軽微となる」という最重要点への理解が本質的に不十分だと見受けられます。まず、実施された地下水流の三次元シミュレーションは、影響評価の一手法として有効だといえますが、次の2つの観点からさらに精密な地下水流の分析・予測を行うべきです。

(1)このような不確実性の高いシミュレーション解析においては、用いられたパラメータやモデルの信頼性を明らかにするために、多数の検討条件での実施が必要であり、モデルの仮定やパラメータ値の結論に対する影響力(感受性)や、結論の頑強性(さまざまな仮定のもとで同様の結論が得られるか)を示すべきです。

(2)今回、駅北地区開発の端緒となるスタジアム建設のみの影響が評価されていますが(ただしコンクリート被覆は駅北全域を検討)、どの程度までの改変(基礎杭やそのほか地下水流路阻害物の設置)が今回の地下水解析の観点で許容範囲であるかを明示すべきです。スタジアム建設を今後のさまざまな開発の第一歩として考えたときに、潜在的な地下水阻害の許容範囲を評価しておく責任があると考えます。

3.地下水保全に関して(その2):影響評価と対策のための調査と評価基準の明確化

アユモドキの冬季から春季の生息環境は本種の存続可能性に大きく影響し、曽我谷川合流部に近い保津川右岸部の物理構造や地下水湧出は、その最重要な要素であると推定されています。しかし、今回の開発計画によるアユモドキの局所的な生息場所スケールでの地下水への影響は、まったく検討されておらず、調査も実施されていません。机上の大雑把な数値計算だけではなく、生息地での調査に基づく現実的な影響予測とそれに基づく対策が必要なのは言うまでもありません。

そのためにはまず、現在の越冬場所の具体的な場所や数、湧水の流路、水質、それに基づくスタジアム等駅北開発による潜在的な影響をふまえたアユモドキの生息環境そのものに対する影響調査を行うべきであり、またその評価基準を明確にすべきです。深刻な影響は、開発の終了以降だけでなく、工事の過程で生じることも多いので、必ず着工前に十分な影響調査が行われる必要があります。

これまでの「NPO法人亀岡 人と自然のネットワーク」の調査データに基づく当委員会の解析によると、秋季の当歳魚の個体数と翌5月の遡上調査時の相当年級群の捕獲個体数の間などに、外れ値のない、きわめて高い相関関係があることが分かっています。今後、この関係からの逸脱が見られた場合、越冬期間中の環境変化がまっさきに疑われるべきです。そのような開発行為による影響の兆しが見られた場合には、速やかに開発行為を一旦中断し、然るべき対処を行うべきです。またその対処方法について、事前に検討し、明らかにしておくべきです。

4.地下水保全に関して(その3):予防原則に立った代替措置の早急な実現

上記の調査・検討にもかかわらず、短期間のうちにアユモドキへの影響回避の客観的な保証を得ることは難しいと予想されます。また影響がある場合でも、短期的に検出できる可能性は大きくありません。希少種や生物多様性の保全においてこのようなことは一般的に起こり得ることであり、予測の難しさと深刻で不可逆的な悪影響の可能性を考慮して、そのような場所での開発行為を抑制するのが国際的な合意事項、すなわち「予防原則」です(世界自然憲章、生物多様性条約、等)。

本来守られるべきである予防原則は、本計画の当初からないがしろにされてきました。このような状況下で、最低でも行わなければならないのは、「代償措置」の事前実施です。つまり、損なわれる可能性があるアユモドキの越冬等生息環境の「代替地」を、影響が生じる前に、近隣域に整備し、その効果を検証する必要があり、その実現が強く求められます。

5.都市公園区域周辺における短期的・長期的保全対策の実現

当初の建設計画地である曽我谷川北部の水田地帯(京都・亀岡保津川公園)は、スタジアム建設計画を契機に亀岡市により買収がなされ、現在、当地での水田営農とどうにか共生してきたアユモドキの存続基盤がすでに失われつつあります。また今回の駅北地区への変更の受入条件として、「アユモドキの保全の確保」が挙げられています。調書には「府及び市は国や地元等の関係者と連携を図り」ながら保全対策に取り組むことが記されていますが、しかし現状では具体的な保全体制や計画などが策定されていません。保全の確保に向けた実施体制が確かなものとならない限り、この受入条件が満たされたとはいえません。

京都・亀岡保津川公園を中心に、当地における永続性のある保全体制の構築と保全計画立案を早急に実現することを要請します。またそのために「京都府絶滅のおそれのある野生生物の保全に関する条例」に基づく「生息地等保全地区」の指定が、今後の永続的、発展的な保全を実現するための重要なステップになると考えます。本条例の精神を尊び、それに向けたさまざまな社会環境整備や地元支援策を早急に講じ、公有地として保全される新たな湿地生態系を確立していくよう、強く要請します。

6.広域的保全対策の実現

アユモドキ等湿地生態系の構成要素は、そもそも河川氾濫源という不確実性の高い環境を巧妙に利用する、西日本の風土に高度に適応した生き物です。またアユモドキは生活史の各段階で生息場所、生息環境を変えるため、その生息には河川と水田周辺の水域の連続性が重要であることが知られています。そのため、できるだけ広い範囲の潜在的な生息環境を保全し、改善していくことが必要です。京都府および亀岡市が策定した「亀岡市都市計画公園及び京都スタジアム(仮称)の整備計画の策定にあたり考慮すべき基本方針(Ver.2)」に的確に記された「広域的なアユモドキ生息環境の改善」に向けた具体的施策を早急に実現すべきです。

具体的にはラバーダムの改修、周辺水田環境の保全対策、生息場とその連続性の確保、そして上記の地下水保全や越冬環境の拡大が含まれます。これらの対策を後回しにしたばかりに、アユモドキを含むかけがえのない湿地生態系の保全が手遅れとなることが決してないよう、着実な取り組みを強く要請するものです。またこれらの対策は、いずれもアユモドキの生息現況を損なうことのない形で行われるべきです。

以上